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『007スカイフォール』における英雄の詩について

      2015/12/04

Thongh much is taken, much abides ; and though

多くのものが奪われたとはいえ、まだ残るものは少なくない。

We are not now that strength which in old days
Moved earth and heaven ; that which we are; we are

その昔、地をも天をも動かした剛の者では今はないとしても
今日の我らは斯くの如し、である

One equal temper of heroic hearts,
Made weak by time and fate,

英雄的な心がもつ共通の気質は、
寄る年波と宿縁で弱くなったとはいえ、

but strong in will
To strive, to seek, to find, and not to yield.

その意志力は強く、努力し、求め、探し、そして屈服することはないのだ。 

アルフレッド・テニスン「ユリシーズ」、岩波文庫『対訳テニスン詩集』より


評価も高いが、苦手という人も多い2012年公開の映画「007スカイフォール」

あれから二年経過して映画のどの要素が自分をあんなに感動させたのかについて、テニスンの詩を読んでいる最中にふと思いついたのでつらつらと書いてみる。

ジェームズ・ボンドという存在、「スカイフォール」のあらすじ

「007スカイフォール」は英国秘密情報部エージェントのジェームズ・ボンドが活躍する「007」シリーズの25作目である。ジェームズ・ボンドについては007の映画を見ていなくても何となく知っている人も多く、スマートに任務をこなす伊達男といったイメージの定着率は非常に強い。

この作品はそんなジェームズ・ボンドがいきなり仲間のエージェントの誤射により任務中海に落下して死んでしまうところから始まる(もちろん実際には生きているが)そしてその失敗により各国のテロ組織に潜入したエージェントの情報が漏えいし、ボンドの上司であるMはその責任を問われ一線を退くように宣告を受けてしまう。

公式的に死亡が宣言されていたボンドであったが、その後のテロリストによるMI6本部の爆破などの後手に回る対応を見て現場へ復帰することに。

しかし事件の後遺症によりボンドは身体の扱いが困難になっていた。

敗北と復活

物語の前半部は、英国側の完全な敗北、そしてジェームズ・ボンドの「敗北」が描かれる。復帰したボンドは身体もろくに動かせない存在として、惚れた女性を守ることもできず、相手のデジタル技術にもまったく手が出せない、「悪」の目的もわからず翻弄される正義。ベン・ウィショー演じる若いQとの対話にもその世代間の溝は古臭いものとして映ってしまう。

 

復活後の衰弱したボンド

復活後の衰弱したボンド

 

それが変化するのは中盤、ボンドが敵のテロリストに捕まりその対話において自身の「復活」を宣言するところから始まる。そう、本作品のテーマは復活であり、それに大きくかかわるのが上記に引用した詩なのだ。MI6で捉えたテロリストが逃げ出しジュディ・デンチ演じるMに危機が迫るとき、Mはこの詩を引用し我々の任務においてたとえ悪がいかに変化しようともそれに対して戦い続けることを高らかに宣言する。

ここに「スカイフォール」という主題歌の歌詞、その意味する「たとえ天が落ちようとも正義を成就せしめよ」という古代ローマ法の原理が響きあう。

テニスンの詩「ユリシーズ」

この詩はイギリスの詩人テニスンによる作で題名を「ユリシーズ」という。「ユリシーズ」とは、ホメロース『オデュッセイア』における主人公オデュッセウスのことである。彼はトロイア戦争における勝利の後、一つ目の巨人ポリュペモスの島を脱出するためポリュペモスの目をえぐったため、その父ポセイドンの怒りを買ってしまい故郷へ戻るために10年間の放浪を余儀なくされた。

詩はそのオデュッセウスが故郷のイタケーに帰還した後、自らの目の前に広がる風景を見て過去を回想し

I cannnot rest from travel「わしは旅を休むことが出来ない」

と述懐するものだ。英雄帰還の詩ではなく、帰還した英雄が老年に至り再び動き出す詩としてユリシーズが召喚される

 

Old age hath yet his honour and his toil;
老人には老いの名誉と奮闘がある
Death closes all: but something ere the end,
なるほど死は全てを終わらせはする。だが生きている間には
Some work of noble note, may yet be done,
何か由緒ある事業がなお為されえよう
Not unbecoming men that strove with Gods.
神とともに努めた人の子に愧(は)じることなく
The lights begin to twinkle from the rocks:
家々の灯火が岩間から瞬き始める。

 

この日本語に移し替えても格調高い詩のあと、映画に引用される最終段落の詩が始まる。

すべての友がいなくなった老年。平穏無事に過ごす日々を見つめつつ、しかしそれでもなお自分のやるべきことを見定める詩。

「スカイフォール」においてはMが引用するこの詩にボンドの勇壮な走りが被さる。作品としても演出としても動きが固定化されていたジェームズ・ボンドの肉体が解き放たれるこのシーンには何度見ても何かこみ上げるものがある。そして物語は過去のボンドシリーズをなぞるかのように「ゴールドフィンガー」に代表されるボンドカー「アストンマーチン」の登場、古いガジェット、007のテーマソングなどが現れる。

 

best

 

この新しいものから古いものへの変化の境目にあるものこそ「ユリシーズ」の詩であり、それは落下したボンドが再び上昇し復活するための呪文でもある。

その呪文は様々な悪に対抗してきた007シリーズの復活を高らかに告げているのだ。

 

ちなみにテニスンの詩はロビン・ウィリアムズ主演の名作映画「いまを生きる」にも使われており、和訳になっても損なわれない格調高い詩は外国詩がよくわからないという人にもお勧めの詩人だ。

(参考)町山智浩の「映画塾」。ターナーの絵画が物語全体にどのように重要であるかを読解していくやり方は流石。

 

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