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マルコ・ベロッキオ『肉体の悪魔』映画評

      2015/12/02

DVD 肉体の悪魔

「テーブルクロスはもとの所に戻しなさい
悲しげな死者たちが、やって来るから」

「少女は、もう大きいから家の仕事をする
昔風のやり方で料理も選択もする
しかし食卓は片づけない
悲しげな死者たちに任せるのだ」

Pascoli’s poem ‘La tovaglia’
” La tovaglia” ( Canti di Castelvecchio)

映画『肉体の悪魔』あらすじ

イタリア人監督マルコ・ベロッキオの映画『肉体の悪魔』は学校の教師がこの『テーブルクロス』というパスコリの詩を解説しているところから始まる。

「この詩の中の死者は恐ろしい存在ではなく幼年時代の幸せな思い出ともいうべきものであり、パスコリの詩にはそうした家族や義務への愛着から良く教科書に掲載されるが、しかし・・・」と言ったところで講義は突如として中断される。

窓の外、一人の黒人の女性が飛び降りようとしているのを生徒たちが見つけパニックになるからだ

錯乱し譫言を呟く女性、彼女に対し「あなたの家族のことを考えなさい」と説得するカトリックの神父。
その必死の叫びがこだまする中、一人の女性がベランダにあらわれる。悲しげな顔をした女性は黒人女性をひたすらに見つめる。交錯する視線、突然黒人女性は「助けて!」と叫び事態は収拾に向かい始める。
その様子を教室の中で一人の青年が見つめていた…。

有名なレーモン・ラディゲの原作とこの映画は、この狂気におかされ自殺を企てる人物の挿話、そしてここから始まる若者と年上の女性との恋愛ぐらいにしか共通点は見いだせない。それほどイタリアの時代性をとりいれた大胆な翻案となっている。

青年アンドレア役のフェデリコ・ピッツァリス

青年アンドレア役のフェデリコ・ピッツァリス

若い青年アンドレアは、すぐにあの悲しげな表情を見せたジュリアの後を追い教室から抜け出す。

たどり着いた場所は裁判所、そこでは一人の男が公判中であった。過去に行ったテロ事件に関しての弁護士の話、その周りの会話から彼こそジュリアの婚約者ジャコモであるとわかる。テロリストの公判とは思えないほど穏やかにに進む裁判、傍らには檻が置いてあり「非転向者」がその中に入れられ、思い思いに新聞を読んだり恋人同士がささやきあいをしている。

ジャコモから彼らに視線を移し、その様子を熱心に眺めるジュリア。自然な様子で彼女はアンドレアに檻の中の恋人同士が新聞の影でキスを始めたことを告げる。笑う二人の視線の先で行為がさらにエスカレートした時それに気づいた人々が騒ぎ始める。

そうした騒ぎのなか別人のように「やめさせないで!」と叫び始めるジュリアをアンドレアは外に連れ出す。

ジュリア役のマルーシュカ・デートメルス

ジュリア役のマルーシュカ・デートメルス

 

映画の解釈

青年アンドレアはここからジュリアにのめり込んでいくのだが、冒頭のマルーシュカ・デートメルスの細やかな目の演技で観客は既に彼女が何か普通とは違った存在であるという印象を持つ。登場人物たち(アンドレア以外)はそれを「狂気」と名指しているが、この映画はそうした規範を外れることへの意志とその逆の凡庸である規範、その二項対立を超える第三の道を模索している

それは冒頭のパスコリの詩と、ジャコモがジュリアに語る以下の詩を対比すれば見えてくる。


 

日曜日 海辺の昼食
堅信礼 聖体拝領
意見も長所も欠点もひとそれぞれ
家族四人の寝室 片付いた食卓
ジュリアはひとつの現実
社会主義者 デカダン派
最低でも最高でもない
ごく普通の人間 眠らない愛の夜
祖父母の名の子供たち
死者に頭を下げる
私はみずからの非をみとめる
罪を償うのだ
深く理解したい
この世の前善と悪を

生命 存在 希望
みなはかない
出会うひとを包容し
妊婦を守る
世論調査を信じよう
すべてのひとに耳を傾けよう
魚のいない海
甥っ子たち
叔父やいとこたち
義母に孫たち
昼寝している

 


 

・・・笑ってしまうぐらい酷い詩だが、ジャコモは心をこめてジュリアに歌う。
ジャコモの過去に何があったか、この映画で詳しく語られることはないが転向者として罪を償い市井のものとして和やかに生きる決意を固めているのは確かである。

しかし、この凡庸な詩はジュリアに届くことはない。素敵ね、といいながら彼女はテーブルの下で彼の股間をまさぐることに夢中だからだ

同じ平凡や日常に関する詩でもパスコリの詩はこれとは異なる。彼の詩は一見教科書に掲載されることからもわかるとおり民話や日常への義務など凡庸なことを歌っているように見えるが、パスコリの詩は保守性や日常の存在のなかに象徴への驚異や神秘さを見るという詩を歌っている。凡庸でも逸脱した狂気でもなく日常にとどまりながらこの日常を超えるものを見出す詩人の態度、これこそ冒頭に教師が言おうとしていたことの続きである。

ジュリアは狂気におかされている(と言われている)しかし、そこにあるのは規範からの逸脱志向である。そうした外れる存在に対して、青年アンドレアの父親である精神分析医は彼女に「狂気」の設定を行い、カトリックの神父、そしてジャコモや彼の母親は日常、家族の大切さを説く。

彼らは狂気と日常を二項対立で捉え片方しか見ていない。どちらもお互いを見ていないから彼らの思いは冒頭の少女のようにジュリアに届くことはない。

この二項の両方を見ていたのが青年アンドレアである。ジュリアとの蜜月の日々で彼は彼女の脅威におののきつつもそれを「狂気」と名指すことなく、そして保守的な価値へ反転するのではなく彼女を理解しようと試みる。主人公は堕ちず滅亡もしない。

そしてそれゆえにこの物語は狂気を望む観客の期待を裏切り一見平凡な結末を迎える。

この映画のラストシーンは学校を卒業するための口頭試問である。学業をしていた様子はいっさい描かれなかったが、アンドレアは教師の質問にスラスラと答えていく。ダンテの自由意志論に言及し、神に予知力はあっても物事の偶発を強制することはできないと淡々と述べる彼に対して試験官はいぶかしげに、君はどの主義かと尋ねる、キリスト共産主義か、反戦主義か、マルクス主義か・・・アンドレアはそのどれをも否定する。

そして『アンティゴネー』におけるアンティゴネーとクレオンの対立をどう捉えるかというギリシャ語の教師の問いにこう答える。両者は徹頭徹尾違った存在であり、アンティゴネーは神から解き放たれた人間の掟を守り、クレオンは先祖や神々を根拠とする、と。

主人公に知らせることなく教室に来ていたジュリアはその答えを聞き涙を流し笑う表情で物語は終わる。

アンティゴネーとクレオンの両方の立場(二項対立)を理解している青年アンドレアはレーモン・ラディケの原作のようにヒロインを破滅させることもなく、しっかりと学校を卒業するだろう。この原作から大きく逸脱した凡庸さに不満な人も多いと思う。しかし、青年アンドレアの日常にありつつも狂気へ逸脱することを志向しないパスコリ的な力強さに監督マルコ・ベロッキオは何かを託している、そういう印象を自分は受けた。 

 

 

・パスコリの詩はほとんど翻訳されておらず、「テーブルクロス」が収められてる「カステルヴェッキオ歌集」はkindleならイタリア語で無料で読めるみたいです。

 

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