並大抵のホラーじゃ太刀打ちできない『映画クレヨンしんちゃん伝説を呼ぶ!踊れアミーゴ!』のヤバすぎる怖さ
自分が「書く」行為にいたるときは、いやいや過小評価され過ぎでしょう、おかしいでしょうという義憤で動くことが多い。だから新作の映画について書くほうが色んな人に読んでもらえるのは知りつつも、必然と絶賛されてる作品よりも不当な評価をうけてるものや忘れ去られてるものに関して筆がすすむ。
ということで『クレヨンしんちゃん伝説を呼ぶ!踊れアミーゴ!』の話をしよう。
クレヨンしんちゃんのテレビを見ている人はときたまやたらと怖い話がレギュラー放送のなかに混入してくるのを知っているだろう。その怖さは子供向けと呼ぶにはあまりに生々しく日常が確固として構築されている作品だからこそ非日常としてのクレヨンしんちゃんのホラー回は何かよくないものを見てしまったように感じ記憶にこべりつく。
そして『踊れアミーゴ』は、その恐怖の感覚がおよそ映画のほとんどを占める脅威の映画である。
始まりはこうだ。
ふたば幼稚園の先生たちが仕事終わりに居酒屋で飲み会をしている。話のテーマは今度の学芸会で何の演目をするかということ、まつざか先生はサンバをやろうと提案し酔った勢いで店の中を踊り始める。その騒ぎの中、よしなが先生の後ろに一人の女性が座る。陰になっていて顔は見えない。
そして、その女性の服装はよしなが先生に似ている。あれ?と見ている側は思うがそのまま何事もなく飲み会は終了。上尾先生とまつざか先生と別れ、よしなが先生は独り帰路へ、
ひたひたひた
背後から足音が聞こえる。振り向く、しかし誰もいない。
ひたひたひた
確かに聞こえる。怖くなって走り始め踏切を横断するよしなが先生、息は荒いが安堵の表情だ。直後に通り過ぎていく電車を見届け、振り向くと
目の前に「女」はいた。
叫び声が春日部の夜に響き渡る。
と、ここでオープニングとなる。かなりヘビーな仕上がりに初見は度肝を抜かれた。『踊れアミーゴ』は日常→非日常→日常という物語の構造ではなく、異変は既に起こっているという「非日常」から始まるからこそ非常に気味が悪い。
物語を「何か」が侵食しているにも関わらず登場人物たちはそれに気づかない。
観客だけはメタ視点の立場からその状況を見ることができるものの映画の製作者が用意周到なのは、その「何か」が起きている状況を画面の真ん中に配置するのではなく、背景にサッと流しあえて深堀りをしないことだろう。それによって見ている側の違和感は積み重なりモヤモヤとした気持ち悪さは増していく。
顕著なのは中盤のショッピングセンターの場面だ。本作も劇場版特有のジャッキーというお助けキャラが出るのだが、彼女が店内で襲われた野原一家を助ける前に「四人だけか」とつぶやくシーンがある。見ている側は直前に野原一家らしきものが画面の隅を通過するのを目撃しており、「四人だけか」という台詞は当然偽物が四人だけかと思う。
だが野原一家と彼女が店内で派手な騒ぎを起こしても周囲の人たちは何の反応も起こさない。
そのとき「四人だけか」の本当の意味が観客に解る。
すべては逆だった。店内には既に「四人だけ」しか本物がいないのだ。
ここにおいてすべてを見ているはずだという観客の視点は錯覚だと明らかになる。そもそも観客はこの物語が幕を開ける前の状況を観測してない以上観客にはもはやいったい誰が本物で偽物なのか判断することが出来ない。だからマサオ君の「僕は本当に本物だろうか」と夜の公園で仲間に打ち明けるシーンは非常な説得力がある。
それでもしんちゃんはそんなマサオ君の頭をこつんとたたいて、うん、このおにぎり頭は本物だと断言する。ほとんどギャグシーンがない本作で思わず笑みがこぼれる場面だ。そう敵の正体もわからないなかでもしんちゃんがいるからこそ自分たちは笑っていられるのだ。
しかしそれも終わる。
魔の手はついに野原一家にも訪れる、恐怖と疑念を抱いたまま仕事へと出かけた野原ひろしは部下・河口の偽物から、もうあなたの偽物が帰ってますから帰らなくても大丈夫ですよと言われ、追っ手を振り切り急いで家へと帰る。そこにはしんのすけとお風呂に入っている自分の姿。
直後に始まった本物の野原ひろしと偽物の野原ひろしの闘いは、痛みを感じない偽物の特性を発見したことで見事に本物が勝利。
そしてここからが本作最大の衝撃と恐怖だろう。野原一家がひろしの偽物を撃退した直後、シロが突然とてとてと歩き始め、訝しげにしんのすけへと近寄り、吼える。
瞬間「あーあ」といって「しんのすけらしきもの」は空虚な目で野原一家を見つめ去っていく。
みんなの眼が野原ひろしが本物か偽物かのみに注がれていたために起きた誤認。見事な騙しの、恐怖の技術である。
本作が上映された際には大勢の子供が泣き始め劇場内は大混乱に陥ったそうだ。敵の正体が人工的な蒟蒻によって整形された設定ゆえに生じる崩壊寸前のキャラクターの動きや、空間表現の狂いも本作の気持ち悪さに拍車をかけているのだろう、なにより、もしかしたらこの空間にも蒟蒻人間はいるかもしれない、もしかしたら一緒に来ている母親も実は……という恐怖はおそらく子供たちの心に永久に刻み付けられたに違いない。
重要なのは大人でさえ抱いたその嫌悪感を駄作と誤認しないことだ。嫌悪感を、ひたすらの嫌悪感をと観客に与えるため信じられないほど『踊れアミーゴ』は作品として練られている。本作は間違いなく生半可なホラー映画を凌駕する「悪いもの」が映っておりクレヨンしんちゃんの劇場作品随一の衝撃を誇っている。
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