「あなたは騙される」はもう勘弁。かと思いきや…『パラドクス』映画感想(ネタバレ含)
2016/05/29
予告編の騙される!というコメントに騙されて何度こういう映画を見てしまうのだろう。
けれど映画『パラドクス』は予告編の出来がなかなかそそるのだ。(ああ……罠。)
新年にヒューマントラストシネマ渋谷で行われる「未体験ゾーンの映画たち」の一本として、『グッドナイト・マミー』とともに気になっていた。
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映画『パラドクス』(el incidente)のあらすじ
二人の兄弟とそれを追う警察官。非常階段に逃げ込んだ兄弟を警察官は拳銃で撃ってしまう。負傷したのは兄の方だ。瞬間どこかで何かが爆発したような音が聞こえる。
署に連行し傷を手当てするため階段を降りる三人。しかしいつまで経っても出口は見えない。焦りから警察官は怒り始め、二人を置いて階段を勢いよく降りていく。そしてたどり着いたのは兄弟がいる同じ場所だった。
画面が切り替わる。
今度はとある一家の話だ。新しい父と再婚した母、妹と兄、兄の方は新しい父親に馴染めないでいる。だから家族は交流のために旅行に出掛けることにした。
しかしその旅の途中立ち寄ったガソリンスタンドで父親が間違って娘にジュースを与えたために持病の喘息の発作が起きる。さらに薬の入った吸入器も踏んで壊してしまった。急いで来た道を戻ろうとしたとき、瞬間どこかで何かが爆発したような音が聞こえる。殺伐とする車内、そして車はいつまで経っても出口へとたどり着くことが出来なかった……。
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積み重なる時間の堆積(映画『パラドクス』感想ネタバレなし)
エスカレーターが流れている。上から下へ。画面にはそれ以外何も写っていない、長回しが続き前触れもなく突如として上から流れてきたのは横たわっている白い服を着た老婆だった。これが『パラドクス』のファーストショットである
そして画面が切り替わり二つの話が始まる。これらがどういう繋がりになっているのか、なぜ出口へとたどり着くことができないのか?
幻覚・夢落ち・政府の陰謀・宇宙人の侵略?
いやいや、こちらはもう騙された系映画にそこまで脳を揺さぶられることを期待してない。仮にこれらのどれであったとしても冷める。叙述トリックも勘弁してくれとの思いで鑑賞していた。
というわけでそれら謎解きをいったん「とりあえず」除外して見始めると面白かったのは『パラドクス』が持つ映像の喚起力だ。この閉鎖された空間ではなぜか同じ場所に同じ物体が何度も現れる。だから大切な人が亡くなったあとも彼らは食料があるためにずっと生き延び続ける。
何十年もである。
この何十年も閉じ込められた果ての閉鎖世界の描き方がとても良い。
非常階段やよくあるハイウェイの道路という既知の場所に、積みかさなったペットボトル、散乱する瓶ビールの破片、ひたすら階段に並べられたフィリップ・K・ディックの『時は乱れて』、うず高く積もった吸入器があわさることで今まで見たことのない未知の場所となる。
そして期待をしてなかった物語の結末もこの悪夢のような映像と合わさることで衝撃があった。
登場人物の演技(特に母親のヒステリーの演技)はキツいが、期待しないで見たので思わぬ「宝物」に出会って得した気分だ。あるひとつのことを納得できるかどうかでこの映画を受容できるかどうかが決まるので、騙された系映画に慣れちゃっている人は擦れた気持ちで見てみてはいかがだろうか?
道は続くよどこまでも(映画『パラドクス』感想ネタバレあり)
通常こういう映画でネタバレをすることはあまりしない。しかし『パラドクス』に関してはネットの感想を見ていると的はずれな意見が多かったので少し考えたことを。
あらすじや感想において登場人物の名前を書かなかったのはそこは取り立てて重要ではないと思ったからだ。
重要なのはある種のシステムの連鎖である。終わりのない道路と出口のない非常階段、二つの物語の橋渡しをする人物こそ、家族の話では兄を演じた男の子と非常階段の話で警察官を演じた男だ。閉鎖された非常階段で何十年も過ごし老人となった警察官は死の間際に思い出す。
自分がかつてダニエルと呼ばれた妹を持つ男の子であったことを、非常階段から出られなくなったのと同じようにむかし道路から出られなくなったことを。
終わりのない道路で成長し青年となったダニエルは、彼の父親が亡くなる寸前にこの世界のシステムを教えてもらう。彼の父親もまた、子供のころに筏を使った演習の際に親友を失い指導員とともに川をさまよい続けたという。
そして死の間際の指導員から父親が教えてもらったことは、システムによって引き起こされた罪悪感によってこの世界は生まれ、ここでの運動や精神は別の世界での自分たちの運動や精神に直結しているというのだ。この世界での活動をあきらめずに身体を動かし有意義に過ごしたものは別の世界で幸せになり、怠惰に過ごしたものは別の世界では不幸せに。
しかしこのシステムについての解答は閉鎖空間から抜け出すと忘れてしまい、死の間際にしか思い出すことができなくなる。
システムに組み込まれた人物が次の物語へと移行するのを地続きとして描いていることが『パラドクス』の発明だろう。彼らは自由意志で生きてはおらず、閉鎖世界から抜け出してもまたすぐに次なる閉鎖世界へといざなわれ、用意された役割演じ過去の閉鎖世界の事を忘れてしまう。
構図で言うならば「指導員・ダニエルの父親」→「ダニエルの父親・ダニエル」(出口のない道路の話)→「ダニエル(警察官)・犯罪者の弟」(非常階段の話)→「そして……」
ここになぜという問いは存在しない。システムを設計したのが誰かとかそういうことは明かされない。この不条理を受け入れられるかどうかがこの映画を楽しめるかどうかの分水嶺だろう。謎にこだわる人にとっては『パラドクス』はモヤモヤが残る映画かもしれない。
そこを別段気にしない人にとっては線路、階段、ハムスター、道路、川の流れなどあざといまでに「人生」を体現しているカットとともに、別の世界での登場人物たちの幸せな映像と不幸せな映像が交互に映し出されるラストが不思議な余韻を残してくれるだろう。
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