不条理を楽しめ!『劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス』感想
2015/12/02
うきうきとした気持ちで見にいったら、恐ろしいものを映画館で見てしまい、自分がいったい何を見たのかいまだによく整理できない。なので文章が混乱していても許してください。(中盤からネタバレしています)
2014年はムーミンの原作者トーベ・ヤンソン生誕100周年ということで、その記念となる作品がこの劇場版。
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洋書版『Moomin on the RivieraTove Jansson』、日本語版『ムーミン南の海へゆく (ムーミンの冒険日記) 』
↑翻訳はたぶんこの本、福武書店なのでもちろん絶版。むう
この本を題材に、いくつかのエピソードが加わったものが今回の映画のストーリーとなっている。
あらすじ
ムーミン一家は、ムーミン谷を抜け出し、南の海へとバカンスにやってきました。わくわくしていた気分もつかの間、フローレンとムーミンパパは貴族の豪華で贅沢な暮らしにすっかり虜になってしまいます。そんなふたりに腹を立てたムーミンとムーミンママは、ホテルから飛び出してしまいます・・・!果たしてムーミンたちはこのままバラバラになってしまうのでしょうか?(公式サイトより)
鑑賞前の印象
・やったぜ!待望のムーミンの最新劇場版だ。ということで制作発表の時からウキウキしてました。しかも本国フィンランド作、全篇手書きという徹底ぶり。
予告編の雰囲気も最高で、「なるほどね、つまりリゾート的なものにムーミンたちは出会うけど馴染めずムーミン谷の価値観を再発見するするんでしょう。ふふふ」
キャッチコピーも「ムーミン谷を抜け出して旅先で見つけた本当に大切なものとは・・・?」だからさ、ふふふ。
さて、そんな考えを持った私の目の前のスクリーンで繰り広げられたのは
「やりたい放題のムーミンたち」の姿でした。
あらためて「本当」のあらすじ+感想
・・・えっと・・・どうしようこれ。というのが見ている最中の感想で、
見終わった後は、いま自分は「何を見てしまったんだろう・・・?」という思いに駆られています。
まず序盤のあらすじ。
「ムーミン谷に海賊がやってきます。しかし海賊船が座礁します、船にはミイとお姉さんのミムラが捕えられていましたが、海賊たちは逃げ出します。溺れているミムラをムーミンが助けます。ムーミンパパは沖に留まっている船を見ると「なにかあるかもしれない」と家族を引き連れ、強奪しに向かいます。」
俺「え?」
そしてこのエピソードは内容の点では特に「意味がありません」、
え
一応、船の中でムーミンママが金貨ではなく植物の種を強奪したこと、その植物の種が熱帯植物ということ、パパが強奪した花火が次のストーリーへの軽い伏線となっていますが、
全体的に物語のためというより原作の雰囲気を尊重していく演出のために、ぶちぶちと内容が切れるという事態に。
ツッコミ不在の恐怖、眩暈の感覚
さらにこの映画で恐ろしいのが突込み不在の恐怖。
フローレンは映画雑誌を見て南の海に憧れ、パパムーミンは冒険に憧れそこに船で向かおうと突然決意します。もちろん無計画のため途中でいろいろありつつ、なんとかムーミン一行は南の海に到着。
しかしまず金がないですからね彼ら、
WELCOMEと書いてあるホテルに金も持たずに宿泊します(このあたりから見ている側の眩暈の感覚はどんどん強くなるでしょう)
誰もツッコミませんから、さらに不条理が加速していくというわけです。
そしてぶっちゃけて言うと『劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス』は、素晴らしい雰囲気の絵柄で不条理な紙芝居を見せてくれる「資本主義」についてのお話です。
ムーミン谷=共産主義説
ムーミン谷の住人=共産主義が資本主義とぶつかるお話なのです。マジで。
そう考えると序盤のパパの行動も納得できます、彼らには「私有」という概念がないのですから、船が座礁したらそれは共有品なので取りに行くのが当然。そんな感覚を持ったムーミン谷の住人がイタリアとおぼしき「都市」に来ちゃうわけです。
彼らが何をするか?
あるものは資本主義を謳歌し、あるものは都市をジャックしはじめます。
それぞれの行動がこの映画の見所で、随所に光るミイとムーミンママのセンスに注目。
音楽や手書きの絵の雰囲気も素晴らしいですが、「ムーミン谷MEETS資本主義」というこのようなテーマを心にとどめておくとより映画を楽しめます。
テレビで放送していた「楽しいムーミン一家」の声優がそのまま続投しているのもポイント、90年代豪華声優陣の演技を心行くまで楽しめます。(ああ素晴らしい)
さまあーずや木村カエラが演じるゲストキャラの声も絶妙にマッチングしており、『劇場版ムーミン 南の海でバカンス』はぜひ劇場で見て「眩暈」を感じてほしい一本となっております。
(ここから先ネタバレ)
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ネタバレ含む感想および読解
原題は『Moomin on the Riviera』、つまり「リヴィエラのムーミン」(*リヴィエラは英語で海岸の「景勝地」や「避寒地」のこと)
フローレンが映画俳優に憧れていること、海辺のバカンス、そしてカジノ、
マネーの匂い漂う南の海=リヴィエラでムーミン谷の住人が「資本主義」という存在にぶつかる物語。しかし終わって気づくのは、この資本主義に馴染めなかったのはムーミンただ一人だけだったのではないかということです。
パパはロマンティシズムとほら話で友人を得ますし、フローレンはカジノで大勝ちしてパーティーを満喫します。
そこに馴染めないムーミンママもなんだかんだで海岸沿いのボート下で暮らしていつも通り造園を始め、それが素晴らしい出来で注目を集めますし、ミイはいつものあんな感じです。
フローレンあたりがなんだか痛い思いをするのかと思ったら、貴族の坊ちゃんとイチャイチャと・・・。
ムーミンの立場で見ると、なんだかフローレンが寝取られたような感覚で、なんでしょうこのモヤモヤする感覚(笑)そしてついにムーミンは貴族の坊ちゃんに決闘を挑みます。
おお、決闘制度があるのか!と感心していたら
フローレンの台詞「ああ二人の男が私のために争うなんて・・・・素敵!」
完全に物語脳です。おいムーミン決闘なんかやめとけやめとけと思う自分。
そしたらミイが自分の声を代弁してくれました。
「そうね素敵ね、ロマンティックね、どっちが死んじゃうかもしれないけどね。ケラケラ」
さすがのミイ、鬼畜です(この映画随所にある空気を読まないミイの台詞が素晴らしすぎます)しかし頭がお花畑と化したフローレンには効きません。
さて、その最中にムーミンパパは何をしているのかというと、
ひたすら友人と酒を飲んでます。
そして酔っ払って、街に建造してある知事の像を川に突き飛ばし友人の彫刻を代わりに置いたりしています。
色々なことが決着した際には、その出来事で親父は警察に追われます。
「いやあ大変だ船を出してくれ、追われてる」
いやあ、ムーミンパパのクズっぷりが光りますね。ははは。そして途中の無人島で拾った、嫌な言葉を吐く虫をリゾート全体にまき散らすことで脱出に成功します、「資本主義」という虚飾で着飾ったリヴィエラのものたちは大いに喧嘩を始め都市は大混乱に陥ります。
ムーミンテロリズムです。
困ったことに、ここまで資本主義の話だとは思わず、改めてムーミンと言う作品の底力を感じさせる劇場版。ギャグひとつとっても見る側のリアリティラインが常に揺さぶられ、出来事が進むにつれてますます頭がくらくら。
その一例)
ムーミンパパ「むかし動物園に捕まりましてね。なんと私たちがカバだと言うんですよ。幸い誤解は解けましたがね」
友人の伯爵「そうでしょうとも、酒を飲むカバなんかいるわけありませんからな」
こういう、どういう顔をしていいのかわからないオフビートな笑いが続き、物語の結末は「家が一番ね」とフローレンが言い放って終わります。えっとそんな描写なかったよねというところで、「はい、じゃあね」ってな感じで観客は映画館からつまみ出されます。
「ムーミン谷を抜け出して旅先で見つけた本当に大切なものとは・・・?」
それはおそらくお金がなくとも、都市をどうジャックするかという新左翼的な教訓。
ああ、この不条理感嫌いじゃないぜ。この映画のタイトルは『ムーミンと資本主義』がオススメである。
バップ
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