映画「夜は短し歩けよ乙女」を見る我等の感想
2017/10/18
「夜は短し歩けよ乙女」を新宿TOHOシネマズに見に行き、終わったあとにどうかしてるぐらい泣いている声が四人ほど聞こえた。
そのうちの一人は私である。
見る人がそれぞれの時間を考える物語
本作は時間を巡る物語だった。
観ている人たちが、それぞれの大学時代をこの作品の中に見いだし、現在とその時代とを比べて、時の経過に心をボコボコにされる。
自分が年をとったと、見て見ぬふりをしてきた精神年齢を強制的に引き上げさせられる疲労が凄まじい。数々の記憶が、頭のなかで乱反射して過ぎ行く帰り道である。
森見登美彦の原作小説を読んだのは2007年のこと。
四月の上旬、当時私は大学一年生。鞄にこの本を忍ばせ学校指定の語学の教科書を買う列に並びながら、薔薇色のキャンパスライフを満喫しようと妄想していた。
そこで、最初に入ったサークルの勧誘を受けることになる。
その後、当時恋をした人と、この小説の話をしたことを今も覚えている。そして彼女の好きな本を図書館に探し、まったく趣味が合わないものを面白いと誉めた記憶も。
2017年、ほとんど十年後にこの映画を見ることになった。
時間は経過する。サークルの崩壊、デモ活動、留年、病気、逃亡、失踪、様々なことが通過していった10年であった。
自分にとっての小津みたいな友人も今では千葉の奥地に幽閉されている。
『夜は短し歩けよ乙女』映画と原作との違い
映画は原作からの改変が効いていた。
京都の夜を「わたし」こと先輩は疾走し、彼が憧れる黒髪の乙女はずんずん歩く。今宵こそは!と彼女に告白しようと決意を固めるが次から次へと邪魔が入り、近づけない。果たして先輩と黒髪の乙女の恋の行方は……。
原作では何日かに渡る物語を、一夜の夢物語として描いた点に映画の勝利がある。
そのことにより、「一夜」という時間の永遠が輝く。
登場人物たちの感じている時間は違う。李白さん、羽貫さんと師匠、詭弁論部のOBたち。劇中で出てくる彼らの時計の進みは早い。しかし、無敵の黒髪の乙女の時間はゆるやかだ。
彼女にとって「一日」は、新しいこと、新しい出会いによってすべてが新鮮な「一日」なのである。
本作は『四畳半神話体系』とはパラレルワールドの世界のようだ。小津らしきものは小津ではなく、羽貫さんと師匠は同一の羽貫さんと師匠ではないらしい。
しかし、四畳半神話体系では、既に働いている羽貫さんと悠々自適な師匠が本作では全盛期の姿を披露してくれて、嬉しさとともに時間の有限性にやはり涙が出てしまう。
縁と縁がつながり、物語が物語を呼ぶ
無敵の黒髪の乙女と彼らが出会うことで、物語がポンポンポンと進んでいく。フィクションとリアリティラインなんのその。右から左へずんずん歩き。縁と縁が繋がり、物語が物語を呼ぶ。人と人が出会う不思議さと、奇跡のような邂逅がとにかく心地よい。
そんな無敵な乙女の夜も明ける。
一歩進んだ先輩との時間は、そのまま時間がひとつ過ぎ、かけがえのない奇跡みたいな一夜には戻れないと気づく瞬間でもある。これから先もっと楽しいことあるけれど、あの頃、君を追いかけていた瞬間にはもう戻れない。
星野源の声で、先輩が最後に言う「それは、、、奇遇だね」
この台詞にたまらなく涙があふれた。思い出したのは、寄偶によって縁と縁が出会い、奇遇によって、この十年のうちに私の前から消えて、世界から見えなくなった数多の友人と恋敵たち。
彼らも、この素晴らしい作品を観て、自分とのどうしようもない愛と憎しみと自堕落な日々を思い起こしてくれないだろうか。
かつて別れた人たちよ、どこかで元気でいてくれ!!と夜の街に叫びたくなる作品であり、私よりも、私以上に切実に見せたい人たちが浮かんでくる感動おとぎ話。それが『夜は短し歩けよ乙女』なのだ。
間違いなく2017年ベストの一本である。
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