いつだって物語は突然に、映画『ナタリー』感想
2015/11/30

<映画ナタリー> 【原題】 La delicatesse(Delicacy)、【監督】ダヴィド・フェンキノス、ステファン・フェンキノス【出演】オドレイ・トトゥ、フランソワ・ダミアン、【上映時間】108分、【製作年】2011年
(ネタバレ含んでます)
特筆すべきことは物語の三分の一まで起こらない。
一組の男女の出会い、そして突然の夫の死までが特に起伏もなく語られる実にベタな話だ。そして問題もある。彼らがいる場所がこの映画の中でどういう位置づけなのかわかりづらい上に場面転換も多用されており、見ている側には映画の雰囲気をじっくり味わう暇がない。
だから主人公であるナタリーが寝ている間にランニングへと出かけた夫が車に跳ねられて亡くなるという展開も、見ている側にはその衝撃が伝わってこない。
しかし冴えない同僚のマーカスが画面を通過し始めた頃からこの映画には生気が満ち始める。ちょうどナタリーの世界が再び彩を取り戻すように。
周囲に悲しみを乗り越えるように言われるナタリーは、働いている会社の社長と食事をしてみるものの彼の手慣れた「恋愛」の仕草に否定的な思いを感じ「もう自分には恋愛が出来ないのでないか」と思ってしまう。ぼんやりと、ぼんやりと、そう考え事をしているとき、ナタリーは何の前触れもなくマーカスとキスをする。無意識の内に。
ナタリーですら「覚えてない」という必然性のない行動によって物語は、止まったままだった彼女の時間は動き出す。
さて、マーカスのはしゃぎっぷりは見ていてめちゃくちゃ滑稽である。すべてが自分にとって上向いていくと言わんばかりにキスされた後、家に帰る坂道ではT-Rexの「Get It On」が響き始める。次の日ナタリーに勘違いだったから忘れましょうと言われても、その夜にはアメリカ大統領であるオバマの演説に心を動かされ諦めないこの熱さと薄っぺらさ。
このマーカスの印象が徐々に裏切られていくのもこの映画の面白さである。
どう見ても満席になんかならない中華料理屋で予約をしたと告げ(これ、どうやら俳優のアドリブらしい)、食事の不味さをこっそり彼女に耳打ちし、店員に勧められたデザートを勝手に断ってしまう。普通の意味で相手を気遣わないマーカスの行動は巷の「モテる」本に書かれているものとは対極に思えるが、デリカシーという原題がここで生きてくる。
まわりのものは腫物を扱うようにナタリーを扱うが、マーカスは勘違いしたり、よくわからないズレた行動をしたりと「普通」の行動をとらない。それが可笑しくて見ている側はだんだんと彼が愛おしくなってくる。
ナタリーもそんな彼の雰囲気に惹かれていく、彼女が彼に対してようやく笑ったときには「ああ、オドレイ・トトゥの笑顔だ」とマーカスと共に嬉しい気持ちになる。
嫉妬から社長がマーカスという男を「敵情視察」するための飲みに誘っても、飲み過ぎの社長を介護するその人柄にずっこけるが、マーカスが何にも考えていないわけじゃない、ズレていること、自分がみんなの興味の対象であり奇異の目で見られていることに傷ついている。あいまいな状況のまま、ナタリーのお供をするだけの感覚にも。
けれど、そのことで喧嘩した時でさえ二人にとっては濃密な時間であって、それは周囲に流れている時間とは違うと気づく描写がいい。
この映画一番の見所はラストである。ここだけを何度もリピートしたくなるぐらい美しい場面だ。
公的に自分の友人の前でマーカスを紹介し自分たちの関係を認めたナタリーだが「君の夫が許さないぞ」という社長の言葉に傷つき。マーカスを連れて亡くなった夫の墓所へと赴く。そのまま祖母の家に泊まった次の日に二人は庭でかくれんぼをする。
隠れたマーカスの目の前ではナタリーがこの庭で過ごした人生が回想のように展開される。子供から少女、そして一人の女性へと成長し、いつの間にかはしゃぐナタリーの傍らには一人の男、そして・・・最後には一人で抜け殻のように座る女性、傍らに寄り添う彼女の祖母。マーカスはそれを想いながら「彼女の人生をすべて知っているこの庭で隠れていよう」と言う。
物語はここで終わる。ナタリーはこのあとマーカスを見つけ、そして鬼となったマーカスもまたナタリーを見つけ出し、そしてお互いに自らがひとりではないということをこの庭の思い出に刻んでいくのだろう。
かくれんぼは一人ではできないのだ。
TCエンタテインメント
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