~愛するものたちを詩人が殺す~映画『キル・ユア・ダーリン』評
2015/12/02
映画『キル・ユア・ダーリン』
後にビートジェネレーションと呼ばれる詩人たちがまだ何者でもない時期に起きた「ある事件」を描く青春群像。アレン・ギンズバーグをダニエル・ラドクリフ、その想い人であるルシアン・カーをデイン・デハーンが演じる最強の布陣ながら劇場未公開。
しかし全篇にわたって彼らが影響を受けた文学作品への言及や詩の引用があり、それがなかなか威力を発揮していてとても良い作品だ。
「ビートジェネレーション」はその生き方と結びついた思想と既成秩序への反抗、事件性ゆえに多くの映画の題材となっているが、戦争がまだ終わらない閉塞感と彼らがまだ世に出る前の青春時代をクロスさせサスペンス調で描いているところにこの映画の「発明」がある。
映画の始まり
物語はルシアン・カーが一人の人物を殺し、牢屋に入れられている彼とアレン・ギンズバーグが対面するところから始まる。そこにかぶさるギンズバーグの声。
Some things, once you’ve loved them, become yours forever.
何かを愛したときそれは永遠に君のものになるかもしれないAnd if you try to let them go… /They only circle back and return to you.
それは突き放しても弧を描いて戻ってくる 君の元へThey become part of who you are…or they destroy you.
君の一部となり 君を破滅させる。
ルシアン・カーの叫び、「それを出したら僕は破滅する!」
「KILL」「YOUR」「DARRINGS」という大きなタイトルロゴ。
作品の元となった事件
この物語は1944年に起きた「デヴィッド・カマラー殺人事件」をもとにしている。
加害者の名前はルシアン・カー。名門コロンビア大学で起こった殺人事件は多くの人々に衝撃を与え、そして若きビートジェネレーションの面々もそこに関わっていた。
事件についてはこの映画にも出てくるジャック・ケルアックとウィリアム・バロウズが描いている『And The Hippos Were Boiled in Their Tanks』(邦題『そしてカバたちはタンクで茹で死に』)と題された小説が有名だが、この本が世に出るには実に60年もの月日がかかった。
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登場人物の魅力
主役の二人が本当に素晴らしい。
アレン・ギンズバーグが多くの出来事をルシアンに導かれ経験していき、既成秩序に反抗していくというストーリーをダニエル・ラドクリフは果敢に演じている。導くルシアン役のデイン・デハーンもとにかく妖艶な演技で観客を魅了する。
映画で初めて二人が出会うシーンがとにかく良い。
ルシアンがヘンリー・ミラーの小説を高々と掲げ『ベオウルフ』『ハムレット』の初版が並ぶ図書館で叫ぶ。
「日曜日店のシャッターは下りたまま通りを占拠するプロレタリアート
底にある道が連想させるものは巨大で腫瘍のある男根だ」
この騒ぎをギンズバーグは笑いと共に見つめる。
次に見つめるのはルシアンの側からだ。教室では詩の授業が行われている。教授は言う「ビクトリア時代のソネットは押韻・韻律・隠喩を重視する。このバランスを崩してはならない」それに対しギンズバーグは「ホイットマンは韻律を嫌ってました」とやや挑戦的に疑問を口にする。それを教室の後ろから笑みとともに見つめるルシアン。
その二人が出会う。必然、男女とか関係なくお互いに魅了される。
キル・ユア・秩序
そうして二人は様々なものを共に殺していく。
新しい文学のために、新しいリズムのために。
ホッブズの『リヴァイアサン』、ハーディーの『帰郷』のページを破り、それを壁一面に釘で打ちつける。彼らが嫌うのは既成秩序、良識、父親、権威、オグデン・ナッシュに代表される腐った詩だ。
オグデン・ナッシュ。当時アメリカで一番売れていた詩人
「眼鏡をかけた少女には男が寄ってこない。でも乳母車が似合うのはそういう地味な女の子」
唾棄すべきこれらの詩を抹殺するため若きビートジェネレーションたちは「新幻想派」を設立する。
「法を破ることは非凡な人間の義務である」というマニフェストを作り、
「夜明けには忍耐を身にまとい輝く街へ入っていこう」
ランボーの詩を口ずさみ、ビートの流れは加速していく。
キル・ユア・ダーリン
しかし、その加速をデヴィッド・カマラーというルシアンの庇護者が邪魔をする。元は教授であったが清掃員にまで身を持ち崩しルシアンを離さないデヴィッド。その理由は彼らが同性愛者であるからだと発覚し、さらにルシアンが書いた大学のレポートはデヴィッドの作ったものだということもわかる。
「人生は大車輪だ。僕らはこの中に捕えられ生と死とを繰り返している。誰かがそれをうちこわす日まで」
アレンがルシアンから感銘を受けた『新幻想派』の設立のキッカケともなった、このイエイツ『幻想録』の思想でさえデヴィッドから教えられたものであった。
ルシアンのため、「新幻想派」のためアレンはデヴィッドの代わりにレポートを書き彼を遠ざけようとする。必死の思いで自分たちのグループのために詩を作るアレン。その犠牲はともすれば欺瞞的なものかもしれない、しかしその苦行の果てに作られた詩は夜更けに船の上で朗読され、この映画で最も心に響く。これはルシアンに導かれたからこそ作ることが出来た詩だからだ。
Be careful, you are not in Wonderland.
気をつけろここは不思議の国じゃないI’ve heard the strange madness long growing in your soul,
君の中で狂気が芽生える音を聞いた。in your isolation but you fortunate in your ignorance.
だが君は幸運だ 何も知らず 孤独でいるYou who have suffered find where love hides, give, share, lose,
傷ついた君は隠された愛を見つけた。
人に与え分かち合い そして失えlest we die unbloomed.
花を咲かせぬまま死なぬように
しかし事件が起きる。
二人にどんなやり取りがあったのかはわからないが、ルシアンはデヴィッドを殺してしまったのだ。そして物語は冒頭の場面へと戻る。牢屋で対面するアレンとルシアン、ルシアンは事件の供述をアレンに書くように依頼する。同性愛者に無理やり迫られた場合は名誉殺人ということで罪が軽くなるからだ。
映画が告げるもの
本当のことを書かず嘘を言うことにアレンは苦悩する。しかしアレンの母親は言う。「見捨てなさい」と。
かつて間接的にとは言え母親を見捨てたアレン、象徴的に殺した相手からこう言われ、彼はルシアンが同性愛者であることを作品に叩きつけ暴露し、ルシアンと決別する。
ここでタイトルの意味が明らかになる。「ダーリン」とは自分にとって親しいものである。それは人々を導く大学であったり、教養と呼ばれる古典文学であったり、そして何よりも恋人のことである。そうしたあらゆる既成秩序を壊すこと、それは後にビートジェネレーションと呼ばれる人々が持った思想の萌芽だ。
創作における問題として「創作は模倣から始まる」という命題があり、大学の教授もそれを掲げる、しかし天才は模倣しないという厳然たる事実もある。彼らは文学史の模倣ではなく必要なものを聖典とあがめて、手引きしてもらい、そして殺す。非情かもしれず、それによって失敗し死ぬかもしれない。しかしその親しいものを殺すことによって次なる道が開けるのだ。
そしてアレンは最後に詩を作る。それは青春の総括でありながら、次の時代への強い意志表明でもある。
Another lover hits the universe. The circle is broken. But with death comes rebirth.
And like all lovers and sad people, I am a poet.
愛する者は宇宙へ旅立った。輪は破壊された。そして死は復活する。
全ての苦しむ人と悲しむ人と同様、私は詩人である。
(注;苦しむ人→愛する人かもしれないですが字幕参考)
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