映画『ポエトリーアグネスの詩』評(監督:イ・チャンドン)
2015/12/02
(後半ネタバレあり)
詩と映画ということで作品を見続けているが、ここ最近で一番印象に残ってるのは韓国映画『ポエトリー アグネスの詩』だ。
詩とは何なのか、普通の人にとって詩は何なのか、その問題を突き詰めた作品である。
原題は単純に「詩」の一語。この映画の主人公である60代の老女ミジャは生活保護を受けながら娘から預かった中学生の孫チョンウクと暮らしている。ある日、町内のカルチャーセンターで催される「詩」に関する講座の貼り紙を見つけ、以前から美しい言葉を書きとどめていた彼女はその講座を受講することにした。
初回の講義がとにかく印象的だ。
講師はリンゴを取り出して言う「物事をそのまま見ること、まずは見ることから詩は始まる」と。
家に帰った彼女は早速リンゴを見つめる。夜の暗い部屋の中ひたすらリンゴを見つめ・・・そして食べてしまう。ミジャは詩をどのように書いたらいいのかと問い続ける。世界に散らばる美しい言葉を書きとどめてはおける。しかしそれは詩なのか、そして自分から詩を発することは出来るのかと問い続ける。
それとともに物語はイ・チャンドン監督らしく徐々に重いテーマが出てくる。物忘れの激しさから医者に行ったミジャは「アルツハイマー」の診断を受ける。さらに孫のチョンウクが同級生と共にアグネスという女子中学生を輪姦し続け自殺させてしまったことを知り、加害者の親たちはこの事件を明るみにすることを嫌い被害者の母親に示談金を支払うことにしたとミジャに告げる。
彼女の普通の目には、現実の重みが眩暈に似た感覚で立ち現われてくる。
詩を書きたい、しかし書けない。そして忘れていく言葉たち、被害者の母親への示談金を払えないこと。そもそもそれは倫理的に許されるのか・・・。
詩は、世界は美しいものだと信じたい老女の目に映るのは醜い世界の一端である。それでも彼女は問い続ける、「どうやって詩が書けますか?」と。この辺の痛切さは見終わった後もしばらく胸にこべりついて消えない。
感想(ネタバレ含み)
最初に名詞がなくなる。次に動詞がなくなる。とアルツハイマーの診断を下した医者は言う。徐々にその症状が出てくる物語の中で老女ミジャは徐々にこの世界を受け入れ始める。
消えゆく世界で美も醜も同じようにつながっていく、老女ミジャは一つの決断を下す。
そして一つの詩が出来る。題名を「アグネスの詩」と言う。そう、あの被害者の女性に当てた詩である。
決して届かぬ彼岸に言ってしまった彼女、その景色を丹念に見ていく老女ミジャもそう遠くないうちにアグネスと同じ景色を見ることへの意志を告げているようでもある。
カルチャーセンターの最後は提出した詩の講評、しかしミジャ以外に詩を提出したものはいなかった。苦笑する受講生たちに講師が言う言葉は重い、「本当に難しいのは、詩を書く決心をすること」、詩と共に花束が置いてある教室。
そこにミジャの姿はなかった。
アグネスの詩(全文:字幕にネット上の訳を適宜参考、段落はこちらで整えました)
そこはどうですか寂しいですか
夕方にはいつものように日が暮れ
森に帰る鳥の歌声がきこえますか
送れなかった手紙を受け取ってくれますか
伝えられなかった告白は届きますか
時間は流れ薔薇は枯れるでしょうか
もう別れの時間はとまっては去る風の影のように
果たせなかった約束も
こころに秘めたままの愛も
私の怯える足首に口づけする一枚の葉
私を追ってきた小さなあしあとにも
別れを告げる時
暗闇に包まれたらろうそくは灯るでしょうか
私は祈ります誰も涙をながさないように
あなたをどれほど深く愛していたか知ってもらえるように
ずっと待ち続けた夏の真昼
父の顔のような古い路地裏
照れくさそうに背中をむけた
野菊さえも
私は
どれほど愛したことか
あなたの小さな歌声に
どれほどときめいたことか
私はあなたを祝福します
黒い川を渡る前に
最後の息を吐きつくし
私は夢を見始めます
ある日差しの明るい朝
再び目覚めまぶしい目で
枕元にたたずむあなたに会えることを願って
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