~詩を紡いでいく意味~映画『いまを生きる』評
2015/12/02
Contents
O Me! O Life!
Walt Whitman
(これらの数々の問いの中で、この問いが、おお、この身よ!こんなにも悲しく繰り返される―――これらの中に何の美点があろうか、おお、この身、この命よ)
その日をつかめ「カーペ・ディエム」
今回は詩は教えることが出来るのか?そもそも教えるって何か?ということを考えたとき思考の手助けとなり勇気をくれる映画『いまを生きる』の紹介。
舞台は1959年のアメリカ、バーモント州にある全寮制の学校だ。
「伝統・名誉・規律・美徳」(Tradition/Honor/Discipline/excellence)
を信条とするこの場所に生徒たちはうまく馴染みつつも心の底では学校の信条を
「模倣・醜悪・退廃・排泄」(travesity,horror,decadance,excrement)
と替え歌をして日々をやり過ごしている。そして規則だらけの学校に新しく赴任してきたのが一人の英語教師、ここの卒業生でもあるジョン・キーティングだった。彼が詩を通して生徒に今を生きることの極意を伝授していくその授業が実に魅了される。
最初の授業で彼は教室で授業をせずに生徒たちを玄関に連れ出す。そこには、みんなの学校にもあったであろう学校OB達の若い頃の写真が飾られていた。普段気にも留めないそれらの写真をキーティングはよく見つめるように言う。
君たちと同じで何でも出来ると信じていた傲岸不遜なものたち、同じようにまだ何者でもなく「その日をつかめ」=「seize the day」、ラテン語で「Carpe diem」(カーペ・ディエム)ともがいてた声を聴きとらせようとする。
キーティングは”Oh Captain, My captain”というリンカーンに捧ぐホイットマンの詩を引用。私のことは「キャプテン」と呼んでも構わないと言い「君ら自身の声を見つけよ」という言葉を残し初日の授業は終わる。
常識はずれの授業
キーティングは「詩の理解」とは韻律・リズム・修辞を把握することであり。それを縦軸と横軸に数値として代入し、その面積の最大値の大きいものが詩の良さである・・・という教科書序文の1ページ目を「この著者は馬鹿野郎だ」と言って生徒たちに破らせる。
詩の授業なのにボールを蹴らせながら詩を叫ばせ、リズムを掴ませるために集団でスポーツをしたり、そして教室の机の上に立ち、ばかげたことや物事を別の側面から見ることの価値を説く。
ロバート・ヘリック「処女たちへ」などのいかにも男子に笑いが起きそうな詩を朗読させ、あまりやる気のない生徒に対しては、詩は生活に必要のないものだが生きていくうえで絶対に意味あるものだと力説する。
「私たちが詩を読み書くのは人類の一員だからだ。人類は情熱で満ちている。医学・法律・ビジネス・エンジニアリングは私たちの生活に必要なものだ。しかし、詩・美しさ・ロマンス・愛情こそが私たちが生きていく目的そのものだ」
この辺、下手な役者がやると「うぜえ」って感じになりがちだが、ロビン・ウィリアムズに言われると納得してしまう。
目覚める生徒たち、「死せる詩人の会」結成へ
キーティングの授業は他の教師に疎まれもするが、しかし生徒たちは徐々に自らの声を発し始める。主人公である内気な青年トッドも、親の言いなりになっていたニールもそれぞれの悩みのなかで「seize the day」を実践しようとする。
ニールはある日、図書館にあった学生年鑑でキーティングが過去に「Dead Poets Society」=「死せる詩人の会」(映画の原題である)を結成していたことを知る。真夜中、洞窟にこもり、死んだ詩人の詩をひたすら仲間同士で朗読し合う秘密の会合。キーティングからその詳細を聞きだしたニールは仲間たちで「死せる詩人の会」の再結成を宣言する。
「人生の真髄を吸収するため命ならざるものを拒んだ」が会合の合図である。それぞれ持ち寄った詩を引用して朗読したり、作ってきた詩未満の詩を叫び始めたりと非日常のトランス状態の中、彼らはそれぞれの悩みを打ち明け楔を解きはじめる。
「カーペ・ディエム」のため、会のメンバーであるノックスは片想いであった女性に告白をし、チャーリーは反逆への意志をさらに強め、臆病者のキャメロンは保守的などっちつかずの存在のまま、主人公トッドは自分の声を見つけるため詩を叫ぶ。
そして起きてしまった悲劇
そのなかでもニールは両親に内緒で演劇のオーディションを受け見事に役を獲得。雪の降る夜、親の承諾をとったと嘘をつき公演に臨むことになった。
シェイクスピア作『真夏の夜の夢』に登場するパック役の演技は素晴らしく会場からは嵐のような拍手が起こる。「seize the day」と人生の醍醐味を掴んだことを実感したニールだったが、その瞬間に父親が無残にもそれを打ち砕く。余韻に浸る間もないままニールは家へと無理やり連れて帰られ、今の学校を辞めて陸軍士官学校への転校を強制させられる。
ここからの悲劇的な展開には思わず「なぜ、」という声が出てしまった。
家族が寝静まった後、ニールは部屋の外を見つめ、そして拳銃で自殺してしまう。次の日にそれを知らされる「死せる詩人の会」のメンバー。トッドは雪の中で慟哭の叫びをあげる。
映画が終わってしばらくたっても何も死ぬことはないじゃないか!とニールの行為が理解出来なかった。だが今なら少し理解できる。「思春期」と言うのはその日々を過ごす者たちにとってはかなり危ない橋を渡っている状態なのだ。
「10年も!」と陸軍士官学校に進んで医者になるように強制されたニールは父親に叫ぶ。その叫びは年を取った後とは違う「今」という時間の感覚である。暗闇に落とされたかのような先の見えない感覚、そしてニールは向こう側へ渡ってしまった。
物語の終わり、立ち上がることの意味
ニールの両親は息子の死の責任をキーティングになすりつける。
息子がおかしなことになったのはこいつのせいだ!と
それぞれの面目のため彼らは「dead poets society」の面々にあらゆる恫喝や脅迫を行い、ついにトッド達はその発端がキーティングにあったことを白状してしまう。
キーティングは解雇させられる。生徒に一言も声をかけられないまま荷物をまとめる。
教室では授業が一番初めから行われていた。「詩とは何か」を問う生徒たちに問う老教師。要領をえない生徒に彼は一ページ目の素晴らしいエッセイを読み上げるように言う。だが、詩の一ページ目はない。
教室に荷物を取りに来ていたキーティングはそれを聞いてかすかに笑う。彼が教室から去ろうとしたその瞬間トッドは一番最初の授業で取り上げたリンカーンに捧ぐホイットマンの詩を叫び
机の上に立ち上がる。
O captain my captain!と
やめさせようとする老教師、だが次々に生徒たちは立ち上がる。
この映画の最大の素晴らしさは、そこで立ち上がるのが全員ではないこと。そして物語の中で主人公たちにはいっさい絡まなかった一人の人物にここで急に焦点が当たり立ち上がるところだ。
ここには詩は教えることができるか?という問いに対する一つの答えがあると思う、詩の定義を教えることは出来ない。詩そのものは自らの手でつかむしかない。けれど、その捉え方やそれを掴むことの意義を教えることはやはり出来るのではないかという思いをこの映画は提示してくれる。
「芸術家」?「自由思想家」たれだ。というキーティングの教え、そして文学は場合によっては順応の「教育」を求める人々とは相いれないことがある。ここに詩と教育という、いやそもそも文学や哲学を含む文系と呼ばれる学問の難しさがある。わかってしまったら危険だということだ。知識は人を変えてしまう。生き辛さを獲得し、自由を失い、だが別の自由を獲得する。その別の自由こそ、規則に縛られた世界でキーティングが教えたかったことなのだ。
ロビン・ウィリアムズは2014年に亡くなった。死因は自殺とみられている。
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