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ジャック・ドワイヨン『三人の結婚』感想、新文芸坐シネマテーク備忘録

      2015/11/26

体調とお金の都合でしばらく休養していた「新文芸坐シネマテーク」へ久しぶりに参加。

やっぱり凄い試みだと改めて思う。当日1300円(前売り・会員1100円)で日本においてあまり見ることの出来ない作品を上映してくれて、しかも講義付き。

馴染みのない難解な作風の映画でも、その作品の力学や周辺情報を学ぶことによって、一人DVDで見るのとは段違いに映画が浸透していくのを実感出来る。

さて今回の作品は、ジャック・ドワイヨン(Jacques Doillon)監督

『三人の結婚』(2010 : Le Mariage a trois)

s_三人の結婚

『三人の結婚』のあらすじ

今日は劇作家オーギュストの自宅へ構想中の新作に関連して出演俳優たちがやってくる日。作家の元妻であり女優のアリエット、彼女の現在の恋人である若手俳優テオ、旧知のマネージャー・ステファンが一同に介するものの、何やらただならぬ雰囲気。かくして一人の女性を巡って元夫と現在の恋人との駆け引きが始まるのであった。

さらに家の二階にはファニーという女性アシスタントがいるという情報で、一軒の家を舞台にしたゲームは混迷を極めていく・・・。

まずは自分の感想

いやー、疲れたね!

ルールの良くわからない恋愛ゲームの駆け引きが急に始まって、翻弄されっぱなし&駒にされてるテオ君のやってられるか加減が実によくわかってしまった。

そういうテオ君に感情移入してしまうと、正直に言うと老獪なオーギュストとアリエットのやり口は見ていてかなり不快だった。けれど、そうやって始まった物語に対して、勝ちとか負けとか「どうでもよいよ」と投げ出して、ぷいとふて腐れても恋愛ゲームは進むわけで、つまり、どんどんやられるわけで(笑)一番安易な手をとってしまったのだと思わされる構成は見事としか言いようがない。

テオ君と同じようにうんざりしながら、途中で投げ出したくなるギリギリの停滞で次の物語が発生し、また停滞し、そのバランスが絶妙なのだ。かまってかまわれて、無視して無視されてという。

ここからは映画が終わった後、大寺さんの講義を聴いたうえでの感想となるが物語としては一軒の家と5人の登場人物という最小の要素で成り立っていながらも、少し方向を変えるとどういう風にでも物語は転んでいくのが面白い。

メンバーは同じでも力学次第で犯罪映画にも悲劇にすることも出来てしまう。例えばオーギュストが銃を持ち出してテオを撃とうとするときの阿呆らしさ加減、命の危険もあるのに場所の都合上、急な坂なので全員がずっこけるので喜劇みたいになる。ひと騒動終わった後に「道化を演じさせられた」とつぶやくオーギュストの台詞には、そうやって力学を間違えたら望まぬ方向で物語が展開するバランスのことを指しているのだろう。

s_三人の結婚スチール

試してくる女性の移り気な感情の変化に嫌気がさしつつもアリエット役のジェリー・ドバルデューのはだけた服のエロさに目が離せず、最終的にファニーが勝つまでの物語を見届けて思ったのは、ルールはわかるけれど次々と変わっていくバランスや膨大な引用に代表される老練な手口に中盤からまったくついていけなかったこと。

講義を待つことにする。

大寺眞輔氏による講義抜粋

*ノートの走り書きなので、多少ニュアンスが違うかもしれません。

製作:パウロ・ブランコ→オリヴェイラやヴェンダース作品を手掛けた名プロデューサー。

音楽:フィリップ・サルド→プロデューサー、アラン・サルドの兄。アコーディオンの音が印象的な本作。ポランスキー『テス』などを手掛ける。

撮影:カロリーヌ・シャンプティエ→ゴダール『右側に気をつけろ』など。

そして登場人物五人の紹介

・オーギュスト役のパスカル・グレゴリー(ロメール『海辺のポーリーヌ』などに出演)

・アリエット役のジェリー・ドパルデュー(ジェラール・ドパルデューの娘。ジュリー・ガヴラス監督『すべてフィデルのせい』などに出演)

・テオ役のルイ・ガレル(フィリップ・ガレルの息子で彼の監督作の多くに出演)

・ファニー役のアガット・ボニゼール(リヴェットと組んで多くの作品を作った脚本家パスカル・ボニゼールの娘)

・ステファン役のルイ=ド・ドゥ・ランクザン(『あの夏の子供たち』に出演)

つまり、この映画の面子は全員フランス映画界につながりがある、ある種とても家族的共同体な狭さが特徴。ドワイヨンについて簡単な説明として、よく言われるのが俳優の監督であることある種自然主義的でナチュラルのように見える。物語の面白さよりも俳優との共同作業で作品を作り上げ、リハーサルを死ぬほど繰り返す。レア・セドゥーがキレたこともある(笑)日本で人気高いがけっこう問題ある女優としてフランスでは有名。


 

ドワイヨンの映画は舞台も人間もシンプル、しかしスカスカではなく密度が非常に濃い。やっと公開された『ラブバトル』も肉体の極限、今回の映画は抽象的ルールにおける精神的な極限を追及している作品といえる。

この映画は恋愛ゲームを描いているが、ゲームマスターが次々と変わっていくことに面白さがある。最初はオーギュストが仕掛け人で若い俳優テオと争い欲望の対象であるアリエットを手に入れるゲーム。しかしテオが早々にいなくなってしまう。

映画はある意味ここから始まる。ファニーという若い女性が加わることで今度はアリエットが参加し欲望の対象はオーギュストへと変化する。舞台としての一軒家の構造、特に斜面の撮影が素晴らしい、外に出た際にそれで終わりではなく斜めの方向が映画の画面に力学を与えている。そういう風に一つ一つの装置を見ていくと面白い。たとえばオーギュストがアリエットのためにレインブーツを渡す最初の場面、ある種の「抵抗」を意味しているが、それをアリエットが履かなくなるのは彼女が二階に行ったとき。つまり、ファニーをゲームに参加させるとき。

アリエットも未練はある。そしてオーギュストも冒頭に彼女の幻影を見ていることからわかるように過去に呪縛されている。その二人を屋根裏部屋で梁をはさんで対峙させる圧迫感と重さの表現がうまい。オーギュストとアリエットは過去、アリエットとテオは現在、そしてオーギュストとファニーは未来を表している。

この四人には6つの関係性がある。

そしてそのうち3つはあまり有効には使われない。それらはオーギュストとテオ(ドタバタになる)、テオとファニー(ゲームマスターがいないので上手くいかない)、ファニーとアリエット(同性愛的要素は多少匂わせるものの遠景に)

映画のメインに出てくるのはオーギュストとアリエット、オーギュストとファニー、アリエットとテオの関係。かれらの年の差と社会的。知的能力の異なる同士のアンバランスな繋がりが映画の面白さ。

注目すべきは引用の元ネタ。演劇人であること知的インテリとして年上の優位を示すこと以外にも原典をしっかり調べると意味がある。

たとえばアリエットがファニーを誘う場面で彼女が口ずさむのは「カルメン」からの引用、牢屋に送られたカルメンがドン・ホセを誘惑して逃げだそうとするところ、つまり「セビージャの城壁近くにある行きつけの酒場へ一人で行ってもつまらないわ」という歌詞はアリエットがカルメンとしてファニーにゲームへの参加を促していることを意味する。

または川端康成の「片腕」という短編。女性に託された腕をはめこんで興奮するシュールレアリスティックな作品。一体化の問題。

あとは、後半の推理ゲーム「災いなるかな、孤独なるものよ」はキルケゴールの引用。「死に至る病は絶望である」で有名な哲学者だが、彼の言葉が本当に意味するのはこの認識をもったうえで、人間はたった一つのことを欲することによって生命に達していくという思想。キルケゴールの場合は宗教性だが、この映画で言えばオーギュストがファニーを求める、そうしたことを示している。

恋愛ゲームというものを描いたときに、それが元の木阿弥となることは多いがこの作品はファニーが勝利する。どのように勝利したか、それはゲームを降りることなく、動じず待ち続けることによってであった。最後に裸で待っていることが意味するのは、ゲームの中に存在しつつ駒になることを拒否する率直なるものの態度であり、それがアリエットを圧倒しゲームの勝利へとつながった。

 

↓シネマテーク主催者である大寺眞輔氏の本。

 

新文芸坐シネマテークについて

個人的には「その誰でも愛して、誰も愛さない癖やめない?(うろ覚え)」みたいなのをちゃんと言えたテオ君が良いと思った。いったん屋敷から出て行っても最後にはアリエットを迎えにきたことである種の良さは出ないかしらとつらづら考えつつ、池袋駅へ。

このように「新文芸坐シネマテーク」は、飲み込みづらい作風の映画について講義してもらうことで、よりその映画について考えるきっかけになる場所。来れば絶対に映画の見方は面白くなるのでとりあえずその作品を知らなくても暇ならば参加するのが吉。

↓大寺さんの携わっているIndieTokyoは大手メディアにあまり掲載されない国内外の注目映画についての情報を発信しており、また独自に作品を配給するなど最近何かと話題なので映画好きな人は是非ともチェック!

IndieTokyo公式サイト

参考として今までの上映作品

*参加したのは「参」とつけてます。いつか感想を書く予定。

第一回文芸坐シネマテーク「アブデラティフ・ケシシュ特集」

2014年9月4日(木)『身をかわして』(117分)
2014年9月5日(金)『クスクス粒の秘密』(153分)参

第二回文芸坐シネマテーク「ポルトガルの俊英 ミゲル・ゴメス」

2015年12月19日(金)19:30~『自分に見合った顔』(2004/108分/BD)参
2015年12月26日(金)19:00~『私たちの好きな八月』(2008/149分/35mm)参

第三回新文芸坐シネマテーク「植民地行政官の娘 クレール・ドゥニ」

2015年3月6日(金)『パリ、18区、夜。』参
2015年3月13日(金)『35杯のラムショット』参

第四回新文芸坐シネマテーク「クレール・ドゥニ特集vol2」

2015年5月29日(金)『ネネットとボニ』(Nénette et Boni)
2015年6月5日(金)『ガーゴイル』(Trouble Every Day)

第五回新文芸座シネマテーク『ハンナだけど、生きていく!』公開記念

2015年7月17日(金)『アメリカン・スリープオーバー』(2010・米/97分/BD)
2015年7月24日(金) 『あまりにも単純化しすぎた彼女の美』(2012・米/84分/BD)

*第六回のドワイヨン特集、次回は2015年10月16日。作品は「アナタの子供」

 

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