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アレクセイ・ゲルマン『神々のたそがれ』に関してウンベルト・エーコは何を言ったのか(未解決)

      2015/12/02

 

「アレクセイ・ゲルマンに比べればタランティーノは、ただのディズニー映画だ」

 

この文言はアレクセイ・ゲルマンの最新作にして遺作『神々のたそがれ』の予告を見ていた際に画面に流れたウンベルト・エーコのものだ.

ゲルマン エーコ

見た瞬間にイラッとした「だから何だというのだろう?」と。

どうにもイライラさせる予告にツイッターで検索をかけたら同じようにエーコに腹が立ってる人、エーコがこう言うぐらいだから凄い作品に違いないと感心してる人がいて、ひとしきり感想を見て少し冷静になり、そしてふと思ったことは「そもそもエーコはどういう文脈でこれを言ったのか」という疑問だった。

ディズニー映画をdisってるように見えるが、どうにも違う気がするし、何を言いたいのか価値判断がこの文章からはわからない、そもそも

エーコほどの人がそんな炎上ブログの記事のようなことを言うだろうか? 

というわけで調べてみた。

2013年10月13日付の「Russia Beyond The Headlines」の記事

まず日本語で検索したが、この言葉の出典は明記されておらず『神々のたそがれ』を紹介している記事しか見つからなかったので、情報量が多い英語で「eco alexey german」「Umberto Eco tarantino」と検索することに。

検索の結果、2013年10月13日付の「Russia Beyond The Headlines」の記事が何度も上位にきた。(http://rbth.co.uk/literature/2013/10/12/umberto_eco_gets_first_glimpse_of_hard_to_be_a_god_30737.html

この記事によると、来月のローマ映画祭(2013年11月8日~17日)にゲルマンの『神々のたそがれ』が出品され、それをイタリアの名作家エーコが見ることとなる。と書いてある。そのなかにこういう文章がある。

Umberto Eco, the director’s friend, writes in his essay: “Perhaps being God is hard, but it’s also hard to be a viewer that approaches this gigantic work. After seeing German’s films, you can rest assured that Tarantino’s films are only a Walt Disney production.

下手糞な訳で申し訳ない↓

アレクセイ・ゲルマンの友人であるエーコはエッセイでこう書いている。

「たぶん神であることは難しいが(つらいが?)、しかし、この巨大な作業へ接近するのは見物人もまた難しい(つらい)」(注:「作業」ではなく「作品」ではないかという指摘ありました。確かに。感謝です)

(↑文脈がわからないので上手く訳せない。being God is hardがこの映画の事なのかどうかもわからないので、そのまま訳してみた。あとゲルマンのこの映画『神々のたそがれ』(原題:Hard to Be a God)の原作はもともと『神様はつらい』ってタイトルだったから、Hardを「つらい」にしたほうがしっくりくるかも。で、このあとが)

「ゲルマンの映画を見た後には、タランティーノの映画がただのウォルト・ディズニーの作品だと安心できる」

ん中の部分は、文脈がわからないので訳し間違えてる可能性は大いにあるが、最後のタランティーノ言及箇所はこのニュアンスで間違いないと思う。ということは、日本語の文言にはこの「you can rest assured thatが抜けおちてるっぽいことがわかる。そのせいでエーコが「断定」しているように見え傲慢な感じが出てしまっている。

しかし、それでもまだなぜここにディズニーが出てくるのかがわよくわからない。「安心する」って何が?という感じだ。そして悲しいのが、ここでも「エッセイによると」と書かれているだけで、そのエッセイがどこ由来のものなのかは明記されてない。

つまり該当のエッセイを探し出す必要がある・・・イタリア語で(イタリア語はわかりません)

11月のローマ映画祭公式サイトにあったテキスト

と思っていたら、手掛かりは案外はやく見つかった。11月のローマ映画祭の公式サイトにそのエーコの文章と思われるものが掲載されていたのだ(http://www.romacinemafest.it/ecm/web/fcr/online/home/content/premio-alla-carriera-ad-aleksej-jurevic-german-e-hard-to-be-a-god-il-testo-di-umberto-eco.0000.FCR-3772

2013年11月12日の文章。これがこの映画祭用に書き下ろされたものなのか、エーコのテキストから引用したのかはまたもよくわからない。けれど、この記事の一番下には確かにタランティーノとディズニーの比較が長い文章の後に出てくる。

In ogni caso buon viaggio all’inferno. Certamente a petto delle ossessioni di German i film di Quentin Tarantino sono fiabe di Walt Disney.

えー(笑)完全にはわかりませんが。辞書をひきひきで何となく、こうなるんじゃないのかという弱気な感じで訳すと

「明白なことは地獄への旅路において、アレクセイ・ゲルマンの妄執に向かいあうと、タランティーノの映画はディズニーのおとぎ話である」

寓話という次元においてディズニーとタランティーノを比較した?

だいぶ話が変わってきたように思う。

イタリア語の細かいニュアンスはわからず、エキサイト翻訳を駆使してザッと眺めただけの情けない感想だが、この文章の前でエーコは読者の質を二段階にわけていて、第一のプレーヤーは何が起こるかだけを見る人、第二のプレーヤーはどのような文体や構造を持っていたかを読み込む人、ゲルマンの映画はこの第一の位相から第二の位相へ移ることを困難にさせる呑み込みづらさを持っていると言い、ダンテやボッシュ、そして寓話について議論を展開している(ようだ。)

重要なことは、自分がエーコの文章を完全に訳し間違えて事実誤認をしている可能性は大いにあるが、寓話という次元においてゲルマンとタランティーノは同じ地獄と言う方向を向いているが、タランティーノはそれでもゲルマンの呑み込みづらさと比べるとディズニーのおとぎ話である。エーコが言いたかったのはこれではないだろうか?

宣伝の時に誤認が起きているのではないかという仮説

印象論と足りないピースのみの暴論を覚悟で言うと、このイタリア語でのエッセイが「Russia Beyond The Headlines」に述べられているエーコの引用エッセイだとしたらロシアのこのニュースサイトはかなり事実誤認をしているんじゃないかという疑問があり、エーコの『神々のたそがれ』に関して日本の宣伝はここからさらに切り取って提出したのではないかという危惧がある。

ちなみに「ロシアNOW」という「Russia Beyond The Headlines」の日本語版と思われる2013年12月12日の記事のページ(3)にはこう書かれている。(http://jp.rbth.com/arts/2013/12/11/46373.html

ロシアではまだ一般公開されていないが、11月のローマ国際映画祭でお目見えした。 映画は重苦しく、楽に見られるようなものではない。批評家も慎重に構えているが、ウンベルト・エーコは絶賛し「この映画を見ると、タランティーノ監督の作品がまるで、ディズニーのアニメみたいに見える」と手放しだ。

・・・うーん(笑)ますます混乱してきた。

いずれにしても、日本の宣伝文章がエーコのどのテキストから取ったのかをしっかり載せないとエーコに物凄く失礼だと思うし、もしローマ映画祭のサイトにあった文章が元だとしたら、単純にディズニーやタランティーノをdisってるわけではないような気がするので(イタリア語わからないながらも伝わってくるので)是非とも文章訳をパンフレットか何かに掲載してほしい。ウンベルト・エーコのファンとしてこのまま出典も文脈もわからぬものがエーコの暴言と取られ各種SNSで悪口が書かれるのは実に悲しいからである(with怒り)

*この記事に関して違うよ、間違ってるようという反論、もとのエッセイの情報知ってるよという意見、自分の訳文がおかしいという悲しいお知らせ、どしどし待ってます。


(2015年5月24日追記)映画パンフレットに書かれていたエーコの文章

パンフレットにエーコの記事が翻訳されていたが、「Russia Beyond The Headlines」の11月14日http://en.novayagazeta.ru/arts-and-sports/60944.htmlのもので、イタリアローマ映画祭の記事と似ているけれど微妙に削られており、こちらでは元の文章にあったタランティーノのディズニーとの比較やスターリンの事には触れていない、つまりエーコの言葉は出典不明瞭のまま。

時間軸を整理する

①2013年10月13日付Russia Beyond The Headlines」の記事は英語による該当箇所と思われるエーコの「タランティーノ」についての発言あり。ただし抜粋。

②11月のローマ映画祭の公式サイトに問題のエーコの文章(おそらく完全版)があり、記事自体は2013年11月12日付だが、上の記事①の見出しタイトルはエーコがゲルマンの映画を見た「第一印象」。ということでエーコの文章はこの記事の日付と記事①の日付以前に書かれた可能性あり。

11月14日Russia Beyond The Headlines」の記事は『神々のたそがれ』のパンフレットに収録されているものだが、原文からエーコがスターリンについて述べていたこと、および10月のタランティーノについての意見が抜け落ちている。

暫定的仮説

エーコのイタリアの原文からRussia Beyond The Headlines」は10月にタランティーノのくだりの言葉を面白くするために切り抜いた。そして11月に今度は原文を不完全なまま掲載した。日本語版予告篇のエーコの言葉は10月の記事から、パンフレットの文章は11月の記事から翻訳しているため不完全なのではないかというのが自分の結論。

おそらくイタリア語から訳しているわけじゃないのがポイントで、原文のイタリア語は詳しく読み取れませんが、スターリンについてのくだりが11月14日付のRussia Beyond The Headlines」の記事から抜け落ちているために、それに続くタランティーノについての意見もともに消失しているのでは?

これって、非常にマズくねという気が強くなった追加報告でした。


(5月24日、さらに追記)エーコの該当テキスト訳について

以上のようなことをツイッターで呟いていると、イタリア語が分かる方が引用されたエーコの言葉をざっと訳してくれました。

「いずれにせよ、よき地獄への旅を! 疑いなく、ゲルマンの妄執に比べれば、クエンティン・タランティーノの映画はウォルト・ディズニーのおとぎ話なのだ。」

ああ語学が出来る人って素晴らしい・・・(羨望)

たぶんすべてはイタリア語からのテキストを翻訳すれば解決するのではないかと確信した次第。

Russia Beyond The Headlines」が限りなく怪しい。

エーコはそんなこと言わない。

 

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 - 映画評, 雑文

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