反スペクタクルへの意志『テロルと映画』(四方田犬彦・中公新書)感想
2015/11/26
映画は見世物である。激しい音や目の前に広がる大きなスクリーンによって人々の欲望を刺激し、時として英雄的な殺人、善悪二元論といったステレオタイプの虚構を現実として認識してしまう危うさを秘めたメディアである。
四方田犬彦が本書『テロルと映画』(中公新書)で試みているのは、そうした映画というメディアが派手なスペクタクルを希求するテロリスムと親和性が高く、ある種の映画はそれに積極的に加担してきたのではないかという問いかけである。そして、ファスビンダー、若松孝二、ベロッキオといった監督たちが映画の内部にいながらどうテロリスムという現象を批評的に捉えて作品を作ってきたのかが検討される。
ハリウッドにおいてテロリストはアメリカの外部からやってくるものとして描かれてきた。その典型的な例は一人の白人が派手な銃撃戦の果てに悪を倒し英雄となる「勧善懲悪」の「ダイ・ハード」であり、悪役ハンスは架空の左翼テロ組織に属していた経歴を持つ。そしてハリウッドは冷戦以後、中東のイスラム教徒を悪として描くステレオタイプの作品を乱造していった。
しかし派手なスペクタクル映像はテロリストの自尊心を満足させ認識を変化させることはない。一見テロリストを批判的に描いているように見えるオリヴィエ・アサイヤスの『カルロス』三部作でさえ、四方田犬彦に言わせればなぜテロリストになったかの問いはなく、他の登場人物たちによって主体性を揺るがされることはないと批判される。実在のテロリスト「カルロス」の幼稚な自意識の肥大を実録風に描いてはいるが、スペクタクルを求める観客を満足させ、おそらくはまだ存命のカルロスの自尊心さえ満足させるのではないかと厳しい。
そして対置されるのはハニ・アブ・アサド監督の『パラダイス・ナウ』である。イスラエル占領地ナブルスでパレスチナの若者二人が自爆攻撃へ向かう48
テロリズムの廃絶に映画は何ができるのかと問いかけたとき、この本で提示されるのは3つの視点だ。1つ目は映画を起きてしまった後の出来事として語ること、2つ目は映画のなかでかつて起こった事件に対して和解と寛容の物語を示し、観客を涙させること。そして3つ目が本書の主題でもあるスペクタクルを排除することにある。
ここで四方田犬彦が様々な書籍で述べてきた監督たちの映画を並列して語られる。テロが日常化した世界を悲観したブニュエル、『秋のドイツ』において自らの母と対話する過程で起きたファスビンダーの自己解体、国家権力を批判しつつ返す刀で対抗する左翼組織の欺瞞を暴いた若松孝二、テロリスムの背景に存在する女性を描きジェンダー的な視座でかつて母国イタリアで起きた事件を別方向から捉えたベロッキオ。スタイルは違えど彼らは映画の内部において、テロリスムをよそからやってくるものではなく、自らの拠って立つ立場に地続きのものとして映像を提出した。
彼らが成したことの補助線として導入されるのはベンヤミンが論じた「歴史の天使」の概念である。歴史の発展していく過程でこぼれおちた一つの可能性に目を向けることによって、あり得たかもしれない歴史を捉え、社会全体が個人の悲哀を超えて哀悼的想起をすること。ここには映画というメディアはそのための一助となりえるという著者の強い確信がある。そして哀悼的想起という概念を考えたときにアベル・フェラーラの作品や映画『アクト・オブ・キリング』の凡庸な映像なども反スペクタクルの極点として、映画への長い道を問い直し続けている映像の一群なのだと理解できる。
読んでいて一つ思ったこと。本書ではステレオタイプへ加担する「ハリウッド」と一義的に語られているが、批判される『アイアンマン』を作ったマーベル映画にしても、近年『キャプテンアメリカ・ウィンターソルジャー』などにおいてまさに市民を守るはずの組織内部におけるテロリスムの存在を追及しているように、スペクタクルの中において観客を満足させつつ、そこに「違和感」を仕込む問いかけの映画も増えてきているのではないかという疑問がある。これは今後自らの問いかけとしたい。
本書の巻末に付された「テロを考えるための映画21本」も必見。
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