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~再生せよ、と川に響く音~映画『ダムネーション』評

      2015/12/02

『千と千尋の神隠し』で一番好きな場面は湯屋に来た腐れ神を千尋がおもてなしする場面。あの身体に刺さった自転車を引き抜いて、ヘドロが流れ落ちるカタルシスの場面はたまらないものがある。

ゲーム『大神』で各地域のボスを倒した後にその地域の汚濁が花によって解消され正常な空気に包まれる表現も、道頓堀のヘドロ掃除も、吉祥寺の井の頭公園での大掃除も、川に納豆菌を投げ込んでヘドロが分解されるなんてニュースはぴょんぴょん飛び跳ねるぐらい心が躍る。

ここには穢れ→聖という圧倒的な気持ちよさがある。そして『ダムネーション』はそうした「たまらない」デトックス的感覚に満ちている映画だ。

あらすじ、ダムの歴史

この作品はアメリカにおいて川の自由を取り戻そうと活動を続けてきた者たちの姿を追ったドキュメンタリーである。

ルーズヴェルト大統領の演説で始まる冒頭、アメリカでは1929年に起こった世界恐慌への対策としてニューディール政策が行われた。「テネシー川流域の開発」という歴史の授業でも習う公共事業は雇用の安定が見込まれ実施、そして「成功した」(とされている)

さて、この開発とは何か?それは「ダム」の設置である

アメリカのダムの歴史はここから始まる。これ以降アメリカ全土に多数のダムが建設されていくことになる、その数は現在まで7万5000基。水力発電のかなめとなったダムは加熱する設置競争により、多くの川の中部に無理やり立てられ、それは「国立公園」ですら例外でなかった。魚の数を激減させ、生態系に影響を与えたダムの設置は多くの反対運動が起きつつも強行され現在に至る

しかし、多くのダムは期待されるほどの効果をもたらしてないのではないか

むしろ国民の税金を無駄に使い、環境問題を悪化させてるだけなのではないか、それがこの映画の問題提起だ。

自然に考えること、「常識」という壁

勘違いしている人も多いと思うが、これはダムをすべて撤去すべしという映画ではない

「使わなくなったもの」効率の悪いものは撤去してもいいんじゃないかという至極まっとうな提案である。

たとえば、ダムの設置によって川の流れが阻害されサケが元いた場所に戻れなくなる。そして激減した天然サケの代わりに国の養殖場を設置し人工のサケを育てる。こうしたあまりに不自然なことはやめようじゃないかということだ。

しかし、至極まっとうなこの意見は「常識」という壁にぶつかる。

「そんなことは考えられない」と。

開拓局は自分がやっていることを善だと疑わない、いろんなドキュメンタリーでも出てくる「そんなこと言っても仕方ない」系役人だ。人はどこまででも自分を正当化できる、目を開けばそういう時代は終わりつつあるにもかかわらず。

この映画の中でそれがもっとも先鋭化していて面白いのがグレンキャニオンをめぐる物語である。

古代の遺跡が手つかずのまま残っていて誰も人が入っていない場所であった時、一人の女性と二人の男性がそこを写真におさめる。多くの感動的な写真と共に、おばあちゃんとなったその女性がどぎついスラングを交えながら当時の情景を語っていく。彼らが何者なのか、映画では詳しくは語られない。ただそこには青春の一ページのような世界があったのだとわかる。

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しかし開拓局の人間はそこを切り開き、ダムを作り観光地化する。海上ボートが並び、川の流れは滞り岩は削られた。

「何が失われたのですか?」とインタビュアーは尋ねる

答えが返ってくる「エデンよ」と。

グレーゾーンについて、映画を見て考えたこと

しかし同時に「ん?」と思ったこともある。

映画の後半では「行動しない感傷は魂の病である。」という環境活動家の言葉を引用し、閉鎖されたダムへ落書きをする。政府が話を聞いてくれないのだから、そこに目を向けさせるのは戦術としては有効である。

問題はそれを嬉々として語る彼らに対する少しの嫌悪感を抱いたことだ。これを「是」とする描き方に迷いがない分、国の無法行動にたいして無法も辞さない行動せよと呼びかけることの倫理的な是非は観客側で考える必要がある。

その倫理的な一面性を後押ししているのがダムに対する認識だ。ダムはこの映画で嫌悪すべきものとして描かれている。

「あのダムに対しては何の感慨もわかない」と

また、映画のとある場面である男が言う。「リンドバーグは飛行機か鳥かだったら鳥を選ぶと言った。ダムもそういうことだ」と。しかし、考えたのがそこで飛行機を選ぶ人もいるだろうなと言う直感的なツッコミである。

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ツタが絡まって閉鎖して時間が経過したダム、その大きさ、これを作り上げた技術、それに対して作品のテーマとは相反し美しいと感じてしまった。だからこそそれが決壊するときにも何か崇高なものを感じてしまう自分がいた。

その倫理と美学的問題のグレーゾーンを考えることなく、一つの側からダムを断罪し作品を作り上げている印象がこの映画にはあった。自然は完全に素晴らしいものであるという認識である。
(いちおうダム推進派の話も取り上げているが、それはその後否定するための材料に過ぎない)

グレンキャニオンもエデンの園は失われたが人間の技術に対する途方もなさの象徴として多くの観光客を集めている。こういう感覚は当事者じゃないから言えるのかもしれないが、そう思ったのは事実だ。

問題提起の映画として、圧倒的な快感映画としての素晴らしさ

しかしそういう倫理的な問題はとりあえず置いといて、映画としてのクライマックスは避難を呼びかけているのにもかかわらず周辺の森に潜入し盗撮した映像の凄さである。

ダムの壁側に積み重なったヘドロや堆積物が爆破され放出される映像にはひたすら圧倒的な快感と映像的な美しさがある。(もう少しゆっくり早回しをしてくれればなお良かった。)

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ダム撤去後の川底の様子

そして、これが重要だと思うのだがこれからダムを考えるうえでのたたき台となる映画が出来た。ということだ。雨の多い日本のダムとは状況が違うが、似たような事例が起きた時に参考となる映像を瞬時に提示できる。

ダムをつくることは多くの歴史が失うことでもある、木を切り刻み、生態系を破壊していくことは本当に必要なのか、我々は後の世代にどう向き合えばいいのか?など多くの考えるべき問題がこの映画が公開されることで表れた。

日本でも近年熊本の荒瀬ダムが市民の声を背景に撤去される事例が出た、アラスカには国内第二位の規模となるダムが生態系の破壊を当然のこととして設置されようとしている。ダムは撤去も含めて過去の問題ではなく現在進行形の問題なのである。

 

 

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