~ああ素晴らしきコロナ・ブックス~巌谷国士著『遊ぶシュルレアリスム』(コロナ・ブックス)評
2015/12/02
美術館で感動し、その美術館の画集を買う。重い思いをして家にたどり着き本棚の所定の位置に収まったであろう画集をいま見ている。埃にまみれた「それ」を見ている。どうしてこうなった!?と自問自答しながら。
美術館で買った画集はどうして開かれないか。
それはおそらくその美術館に感動したからである。画集を開けば、あの絵画があるということを知っている。なまじ知っているのでそこで満足してしまいわざわざ開かない。知っていると思われるものを本棚にしまった時点で、美術館で買った画集は「積読」というよりも「再読」の困難さという次元になってくる。
美術館で感動した、それはその当時の自分の感情である。今それを本棚で見ている自分はその時とはまた違うからこそ新しい感情が出てくるはずなのに。読んだということで思考を止め次なる本への快感を求めてしまう心。
そして困ったことに画集の形態は「再読」という行動を阻害する。
重い画集が埃にまみれてるのを見て、それをイヤッホウ!!と楽しそうに取り出す人はあんまいないと思う。
ならば何度読んでも違う視点で見ることが出来て、軽く、それ単体としても面白く、気軽に読めるような、はっきり言ってしまえば通勤途中で見られる画集はないものか。
以上のことをグダグダと考えながら書店をめぐり、こうしたグウタラ野郎にうってつけの画集はないかということで見つけたのが平凡社のコロナ・ブックスシリーズのうちの一つ。『<遊ぶ>シュルレアリスム』である。
著者は巖谷 國士。
アンドレ・ブルトンの『ナジャ』など様々な書物の訳を手掛けているフランス文学者であり、シュルレアリスム関連の著作が多い。著作だけにとどまらず活動の幅が広く、彼の手によって監修された2013年7月に損保ジャパン東郷青児美術館での「<遊ぶ>シュルレアリスム」展は大変な評判だった。
本書はその図録集となっている。そして、この本は美術館の画集にありがちな重苦しい感じがまったくない。
250点以上も図版が掲載されているにも関わらずページ数は132ページ。冒頭でだらだらと自分が語っていた要件「軽い・安い・面白い」をすべて満たす電車の中でも読める美術書なのだ。気軽に本棚から取り出せて何度読んでも見飽きることがない。
その見飽きなさの最大の成功要因ともなっているのが展覧会の名前にもなっている「遊び」である。その遊びは決して軽いわけではない、ってことは重いの?と言われると困るのが「真剣に遊ぶ」という言葉である、真剣に遊びつつ軽いという一歩間違えればやすやすと誤解されてしまうあの難しいバランスを絶妙に保っているのだ。
そういう矛盾を引き受けた「シュルレアリスム」の作家たち47人を「不思議な風景」「友人たちの集い」「オブジェと言葉遊び」といった目次へ軽やかに引用し並べていく。
シュルレアリスム(超現実)とはレアリスム(現実)を超えるというものではなく、現実を徹底的に現実としたものである。それはある種「超かわいい」のような言語の感覚に近いという論旨から始まる巖谷 國士の『シュルレアリスムとは何か』(ちくま学芸文庫)を読んだときの驚きは忘れられない。
こういう明快な論理を持っているからこそ、従来のシュルレアリスム展とは違う軽やかな試みとしての本書。シュヴァンクマイエルや岡上淑子まで並べ巖谷 國士は遊んでいる。彼が楽しんでいる様子は図録を開くたびに伝わってくる、だからこそ専門性や蓄積がなくともひたすらキャッキャウフフとひたすらページをめくって楽しいのだ。
「軽い、安い、面白い」なこの平凡社「コロナ・ブックス」というシリーズ。他にも面白そうなのがいろいろあって気になる。
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