斉藤守彦『映画宣伝ミラクルワールド』書評~邪がまかり通る!~
2015/11/26
過去の映画について何故ここまで話が通じるのか
雑誌『映画秘宝』を読むたび&ゴールデン街に行って年上の人から映画の話を聞くたびに感じることだ。 もし自分が40歳ぐらいになり同世代で話をしたときに 今見ている映画を共通体験として語れるのか、なかなか難しそうである。
情報があふれまくっている時代のなか、それはそれでしょうがないこととして、彼らが言及する映画にはある傾向があること、 実に楽しそう!にその映画をつまらなかったよなあ!と言うことを不思議に思っていた。 語られた作品をDVDで借りてきても 「うん、普通につまらない」となり「語る」行為にまで届かない。
おそらく作品が時代の熱量とセットだからだろう。と漠然とわかっていてもこの辺りの時代を熱量と絡めた文章はなかなか見つけられなかった。
斉藤守彦『映画宣伝ミラクルワールド』(洋泉社)を手に取ったのは 映画の「宣伝」に興味があったからなのだが、前述の疑問が一気に解決したという点で当初の目的よりもはるかに得るものが多かった本だ。
一言で言えば彼らが楽しそうに話していたのはすべてこの本で言及されている1970年代後半から1980年代の洋画、それも「独立配給系」の映画だったのだ。
Contents
「独立配給系会社」とは何か?
例えばコロンビアやワーナー・ブラザーズなどのメジャー配給会社は、新作をそのまま日本の支社へ送るため買付にお金をかけることなく広告展開をすることができる。 それに対して映画の買付にお金はかかるものの営業から宣伝まで自社の判断で動けるのが「独立配給会社」の強みである。
本書はその活躍の始点を1977年として描いている。 その年は外国映画ベスト10の形式で上位三作品(『キングコング』、『遠すぎた橋』、『カサンドラ・クロス』)の映画がすべて独立系の配給会社という画期的な年だったからだ。 資本の少なさを様々なアイデアで補い映画「サスペリア」に始まる伝説となった宣伝広告の手法、 関係者へのインタビューを含め冷静に当時の熱を伝えようとしているため単なる情報の羅列に終わらないのもこの本の魅力だ。
伝説となったハッタリ宣伝の数々
そこで語られるエピソードはすさまじいものがあり、それが時には映画以上に面白いという事態になっている。
たとえば一瞬でも宣伝に使えそうな象徴的なシーン=キラーショットがあったら、それを極限まで展開する「ハッタリ手法」である。 映画『サランドラ』では、一瞬だけうつる大柄の軍用ナイフをあたかもそれで殺人が行われるかのように宣伝し、そのナイフを「ジョギリ」と勝手に命名し、木製のレプリカナイフを映画館前に設置するという荒業。 「今だったら問題になる」と震えながら読み進めると、ジョギリ・ナイフは初日に観客に怒りでぶっ壊されていたという記述。観客もすさまじい時代だったのだ。
↑この辺のホラー映画の予告を見ると当時の「ハッタリ」感覚がわかる。作品の力を引き出す様々な宣伝方法
そうした話題先行だけではなく、『地獄の黙示録』(ヘラルド配給)のようにオピニオン・リーダーがコメントを寄せることで映画に内在するパワーを観客に認知させる宣伝。 『アマデウス』(松竹富士配給)のように主演俳優が無名であることを逆手にとって長期間日本に滞在させることで作品の力強さを認知させるコツコツ方の宣伝 。『少林寺』(東和配給)のように、派手さを出すことなく「ハア!ハア!ハア!」という掛け声で「これは凄い物が見れる」という風に目を(耳を)ひかせる宣伝など他社に負けじと独自の宣伝を開発していく過程が最高に面白い。
↑『少林寺』の日本版予告冷静な筆致にたまに現れる著者の怒りもおもしろく
もちろん、うまくいった宣伝もあれば大失敗のものもある。 銀座の真ん中でミミズの入った水槽から現金をつかみ取りという『スクワーム』のイベント宣伝。
『マニトウ』の宣伝には祈祷師を呼んでひたすら「マニトウ・・・」「マニトウ・・・」と言わせ続けたり(当然何も起きなかったそうだ) 時代の狂気と金回りの良さを感じるこのような方法に時たま著者の怒りが漏れるのも面白い。 特に「メガ・フォース」の宣伝に関して当時の担当者に怒りを爆発させる場面は当時の状況を知らないからこそ大笑いさせてもらった。 今ではそうした独立配給系の功罪も色々と語られるが、グレーゾーンを含めたあれやこれやの手法で大手に負けじと映画館を満席にしたいという熱い思いは嫌いじゃない。 嫌いじゃないが、しかし時代のずれは着実に迫ってくる。
時代のずれ、しかしハッタリの血脈は続く
全国一斉上映の一本立てというシフトにより映画がだんだんとメジャー志向へとシフトしていくこと、 見なきゃいけない映画ではなく週末にゆったり見る映画としてのレンタル屋の普及という今の時代へつながるズレだ。 そうしてだんだんと「独立配給映画」の熱さが薄れていった寂しさを含ませ本書は終わる・・・いや終わらない。
最後にあっという驚きが読者を待っている。 「あの」世界的な大作映画のキャッチコピーに「独立配給系」の血が流れていると知ったとき いまだに熱い記憶は受け継がれていると思い感動を隠せなかった。 この本にはそうした大文字の映画史には残らない「熱い」現場の映画史が描かれていた。
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