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ハルキストたちの本気『さんぽで感じる村上春樹』書評

      2015/11/26

haruki

村上春樹についての書籍は多くある。文学的、社会学的な立場からの学術的な書籍も多いが、突出しているのは村上春樹作品に出てくるモチーフをまとめたものだ。

主人公が聞く音楽、作る料理、属する場所。

村上春樹の新刊が出るたび、言及される音楽や書籍が関連物として売り上げを伸ばすのはそうしたモチーフすべてが「村上春樹」的記号となってファンを虜にしているからだ。

たぶん村上春樹にハマる人ハマらない人の境目はここだと思う。(NHKラジオで放送している『英語で読む村上春樹』の表紙を見て「何か」を感じたなら、ハマるんじゃないかという仮説あり) 

NHK ラジオ 英語で読む村上春樹 2013年 06月号 [雑誌]
NHK ラジオ 英語で読む村上春樹 2013年 06月号 [雑誌]

しかし、数多ある村上春樹関連本だが、それらの書物を読むたびに何か物足りないと感じていた。

なぜならモチーフが作品にどう響きあうかを考えず元ネタを羅列したり、他の作品との関連性などは年表のみであったり、本文の台詞にそれらしい写真をつけているだけだったりと作りが怠惰であることが多いからだ。

この本はその不満を解消してくれるという意味で「決定的」と言ってもよい。これ以降、もし村上春樹に関するMOOK本を出した際は間違いなくこの本と比べられるという意味で。

では他の村上春樹本と比べ、具体的にどこが凄いか?

それは第一に写真、第二に読解に役立つ知識、第三に情熱というキーワードが挙げられる。

①写真の面白さ

村上春樹の物語は、今いる日常がふとした拍子に向こう側(非日常)へとずれていく構造を持っている、だからそれが起こりうるかもしれない場所の感覚はとても重要だ。

実際に小説の舞台となった場所へ行ってみたくなる人も多いのは、日常と非日常の狭間という場所を体感してみたいからだろう。それを写真は的確に捉えている。

s_公式サイト

新宿の写真(公式サイトより引用)

自分のお気に入りは高田馬場シェーキーズの写真。高田馬場ミカドの写真。

②浅いところから深いところまで知識量がスゴイ

小噺的な知識から読解に役立つ知識まで幅広い。「もう知ってるよ!」みたいなファンも多いかもしれないが、上手い具合に画像とセットで構成されているから隅々まで読んでしまう。

映画『風の歌を聞け』でジェイズ・バーの舞台になった三宮のbar「ハーフタイム」を訪れ(p14「本当に床いっぱいに5センチの厚さにピーナツの殻をまきちらしたシーンが登場し、村上さんを呆れさせたというエピソードが残されてます」)という小噺も面白い。また「猿の檻のある公園」は「打出公園」という元ネタがあるのは知っていたが、改めて写真で提出されるとその異物感たるや凄いものがある。

読解に役立つ知識としては、村上春樹の卒論が「アメリカ映画における旅の思想」だったという情報と共に、映画「真夜中のカーボーイ」の鼠と呼ばれる人物から初期三部作の鼠が生み出されたのではないかという考察。ブローティガン『アメリカの鱒釣り』と『1973年のピンボール』に共通する208という符号について等、村上春樹テキストをより深く考えるための材料が多く提供されている。

③何よりも情熱がある

今までの春樹本には情報を並べるだけ、それらしい感じを出している冷めた目線が多いように思ったが、この本は本当にファン(いわゆるハルキストたち)の本気が伝わってきて心地よい。

『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』に出てくる新宿駅のコインロッカーを写真撮影したり、ケンタッキーのカーネル・サンダースを至近距離で掲載する馬鹿馬鹿しさも素晴らしい(褒め言葉)

『アフターダーク』の上空から人々を見る文体を写真で再現している試みも作品を改めて読むキッカケとなったし、何より 熱意の具体例として村上春樹作品の舞台を「踏破」した地図帳はもはや「さんぽ」というひらがなの柔らかさは消滅して修行のようなルートである(特に『ノルウェイの森』ルートはけっこう死ねる。)

まとめ

本書を読んで、改めて村上春樹という作家が歩く作家であり綿密に調べ物をする作家であると理解でき、忘れていたことや小咄も思い出させてくれた(個人的には最近札幌を訪れたので徒歩で彷徨い磨耗していく感覚という『羊をめぐる冒険』の描写が非常によくわかった)

何よりの収穫は2つあって、ひとつは『海辺のカフカ』の甲村記念図書館が香川県坂出市の郷土博物館ではないかという情報である。写真を見て「小説で思い描いていた世界だ!」とここまでガチリと小説の風景が物語の記憶とハマったのは初めてだった。

あと、バブル期の村上春樹の小説は場所の求心力が低下して、ポップというよりも本当に場所がなにか記号の消費となってしまっている感覚が強いという示唆を自分に与えてくれた。

 

 

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