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【書評】『教養は「事典」で磨け』(光文社新書・成毛眞)&おすすめの事典三冊

      2015/11/26

重く、分厚く、持ち歩くには難しく、値段も高いため余程のことがない限りは開かない「事典」

しかし、そんな事典こそ「ボクは、事典も辞書も一般書のように読めばいいと思う」と成毛眞は述べる。ある分野を見通すときに、Googleは力不足であり、入門書も説明は丁寧だが分野全体を把握するのには力不足。それに比べて事典は一項目が独立しており、重要なことは繰り返し出てくるので世界観を把握しやすく、教養を磨くのには最適だという。

本書はそんな事典大好きな著者による面白い辞書や事典をまとめた、今までありそうでなかった類の書籍である。

事典、辞書、図鑑、すべてを「事典」として扱うこの本で著者の取り上げるものは『世界毒舌大辞典』から『スターウォーズ英和辞典』まで幅広く、『城の作り方図典』などという一見しただけでは何に使うのか見当もつかない事典まで収録されている。

そして構成が良い。一番最初に紹介されている『世界民族百科事典』(21600円)を例に挙げると、見開き2ページで事典の内容をまとめており、右ページにはどんな本なのかが一行でわかるリード文、左ページには事典の中身やレイアウト写真を掲載。

また事典をどのように使うのかといった著者の活用法も書かれていてとても参考になる(たとえば『現代語から古語を引く 現古辞典』の場合は「郊外」→「みやこほとり」と書きかえることで表現力が身に付き、コピーライターなどは参考になるだろう等)

 

紹介されている事典のなかで一番読んでみたいと思ったのは著者が「最も重く、最も高額」と太鼓判をおす『隠語大事典』である。隠語とは特定の職業や社会で使われる言葉のこと、値段は30240円!

他にも『現代科学誌百科事典』『世界の名建築解剖図鑑』『年表で読む哲学思想小辞典』『カリカチュアでよむ19世紀末フランス人物事典』など読みたい&買いたい本ばかり。

ここで、ふと気づいたのは、どうしてこんなに面白そうな本を知らなかったのだろうということだ。

その理由は簡単で、事典のような分厚い本は大きな書店にしかなく、なおかつその中身が開陳しているところは少ないし、事典はバラバラに置かれているから探すのが難しいジャンルということだ。そういう意味で本書は情熱あふれる事典という形式の一端を、手軽な新書サイズで読むことが出来る実にお得な本であり、誕生日の贈り物に最適な事典を探すためのカタログ本でもある。

終わりには、取材が難しいことで知られる創元社へのロングインタビューが掲載されている。ユング『赤の書』で書店を震撼させたあの創元社が事典への熱い思いを語っており必読。

自分がおすすめする「事典」

中二病で何が悪い!『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂・笹原宏之)

・当て字についての辞書。混沌と書いて「カオス」、漢と書いて「おとこ」、野望と書いて「ゆめ」など漫画やアニメやゲームなどから香ばしい表現をこれでもかと集めたとても香ばしい辞書。

なにしろ始まりが「アーク」というゲームファンにとってお馴染みの表現から始まって、サウンドホライズンやガンダムなどから用例を取っているのである。『フィネガンズウェイク』で使われている用語などもバシバシ収録されていてジョイス好きも必見の一冊。

 

圧倒的な知の宝庫!「西洋思想大事典」(全五巻・平凡社)

「dictionary of history of idea」学魔・高山宏ファンにはOEDと並んでおなじみの事典。発売されたときも高かったが、40年たった今でも古書店で高額で取引されている本。それもそのはず各分野のプロフェッショナル達が「権威」「道化」「健康と病気」といった言葉について、語源学的なレベルから解説をはじめ、その観念の変質する過程までも記述している凄まじい本だからだ。

図書館に収蔵されているケースも多いので是非一読を。これを翻訳して出版した平凡社は本当に神様である。ちなみに翻訳版が高いと思う人は英語版なら頑張れば1万円以下で買うことが出来る。

 

これが名文だ!『日本の作家名表現辞典』(岩波書店、中村明・塩井浩平)

表現それ自体を味わうのはとても難しい。小説の筋だけ読んでいると実は見落としがちなところで、読書会などをやっていても登場人物の言動や展開についてあーだこーだ言ったりするものの表現に突っ込むことはあまりない。ましてや悪い表現と良い表現という価値判断の話になると厄介である。プロの文章家にしたって色々と批評家のポジショニング合戦によって不当に貶められることも多い。その表現に関して様々な辞書を編集している中村明が取り組んだのがこの本。

時代順ではなく、あいうえお順に志賀直哉・太宰治・徳田秋声、新しいところでは池澤夏樹・小川洋子・村上春樹まで実際の文学作品から表現を抜きだしていき、それらが各小説の筋においてどういう優れた効果を発揮しているのかを公平に論述していく。その意味でブックガイドとしても使え、当たり前だが名表現の解説ゆえにすべて名文という凄さ。掲載されている作家の似顔絵がチャーミング。

 

あ、そういえば2015年の終わりに上に取り上げた『平凡社西洋思想大事典』の新しいバージョンである「New Dictionary of the History of Ideas」の翻訳『新・観念史事典 全6巻スクリブナー思想史大事典 【全10巻】』が出版されるというニュースが近頃一部界隈で話題。

高山宏は、以前著作のなかで新しい方には特に興味がないと書いていたが、この時代にこれを出版する丸善の気骨は凄いと心から思う。それにしても全10巻、装丁含めてどんな本なのか今から気になっている。

気になるお値段は、

約30万円。わあ、安い。

ということでみなさん図書館にリクエストしてみてはいかがかしら、うちのところじゃ買ってくれないだろうなあ(笑)

 

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