pha著『ニートの歩き方』(技術評論社)評~走らない生き方~
2015/12/02
前回の記事『無業社会』の書評で働いてないことへの抑圧を軽減することも重要である。と書いた。
どういうことか、もう少し詳しく書くとマクロな視点で「無業社会」をどうにかしていくことを考えるのと共に、個人が自身で「無業状態」の心理的負担を軽減していくのも大事なのだ。
つまり、平日の昼間から若い者がプラプラしていることへの罪悪感を自らの手で少しでも軽くするということでもある。
人生における様々なライフイベントを達成していかないと、お金も場所もなくなり、そのうちに人間関係も無くなっていくという喪失の悲しさを『無業社会』は様々な事例とともに書いていた。そこにあるのは良い人だからこそ、自分が悪いと責め自分を否定してしまう心のありようだ。
処方箋の一つとして有効なのはどうもうまくいかない自分をある種、自明のこととして捉え、「仕方ない」というのをネガティブな意味ではなく現状を認める上で使うことだと思う。
pha著『ニートの歩き方』はそれを考えるうえで格好の本だ。なにせ本書は、
「だるい」「めんどうくさい」「働きたくない」という三語で始まるから。
「だるい」「めんどうくさい」「働きたくない」
この三語への反応としては、
- 本当にそうだよ!!(肯定)
- そうだね(曖昧な笑み、時には失笑)
- 怠けるな!
と大体こんな感じに分かれると思う。
こういうだるい若者、包摂を薦められるが、どうもそこからすり抜けてしまう自分のような若者もやはり存在することを認識したうえで、別に薦めてるわけじゃなく一つの提案=モデルを提供しているのが本書だ。
そしてこの本は非常に良心的だ。
なぜなら5ページ目でいきなりこう述べられている。
「色んなことをあきらめなきゃいけない」
手に入るものではなく失うものから先に書くこと、海外旅行をしたり、車を買ったり、結婚をしたりとそういうことは難しくなるのをちゃんと書いている。
その良心的な書き方は、だからこそ本書の後半での「ニートにも向上心は必要だということ」という文章と繋がる。
怠けているという意見を受け入れながら、しかし向上心とは?
この向上心はお金を稼ぐとかそういうことではなく、少し先の目標を自分で設定しそれに向かって動くということ。おそらく、ここからは自分の意見だが、たとえば美味しいものを食べたいと思った時に、お金を出して美味しいものを買うのではなくて自分でどれだけ美味しいものを作れるか等そういう観点なのだと思う。
世間一般の価値観ではなく自分なりの判断を持つこと、ここでの向上心とはおそらくそういうことだ。
具体例をキチンと書いてある誠実さ
本書の良心的な点はもう一つあって、いますぐの処方箋として様々な具体例がキチンと書いてあるということだ。
そういうところが吐き気を覚えるような抽象的なビジネス書(そのくせ結論は経験に基づく「がんばりなさい!」)よりもはるかに信頼できる。
せどり、プログラミング、ペイパルなどで口座を作りカンパを募る、雇用保険、職業訓練について、実家は死守しろというアドバイスに、ニートのためのブックガイド・・・etc
普通に働けば、と笑う人もいるかもしれない、しかし小銭稼ぎに過ぎないこれらのことが実践的で切実な答えなのだ。そして何をしていいか途方に暮れているときに指標となる。笑わないし、笑えない、今はもうそういう時代でもある。そういう時代の人々のためのブックガイドだ。
若干の留保をするなら、著者は28歳で仕事を辞めた時に貯金が300万円あり、京都大学を卒業していること。この本で書かれてる実践は地方では難しいのではないかということ。せどりは既に儲からないということなどがある。
そういった疑問や注意点もあるが、実際そこはどうでもいい。その批判は「○○だから上手くいってるんでしょう」ということにしか繋がらない。重要なのはこの本の具体例の提示によって心理的な負担が軽減されることだ。実践方法も教えることで読者はそれをアレンジする機会にも結び付く。
だから、もし何らかの拍子に自分の中で何か駄目になっていく感覚を覚えたのならニートになるつもりはなくてもこの本を紐解いてみるといいかもしれない。
何のために?金になる?など関係なく、楽しいからやるという感覚に少しの勇気をもらえるだろう。『無業社会』とは違うが、これもまたシステムを見つめたうえでどういう生き方を選ぶかの参考となる包摂の本なのだ。
最後に、本書の中で一番好きだった言葉の引用。
働かずに食うめしはうまいか
働いても働かなくても飯はうまい。
著者のブログ「phaのニート日記」 phaの日記
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