いまふたたびの中つ国へ、別冊映画秘宝『中つ国サーガ読本』書評
2015/12/02
ビルボ・バギンズ(マーティン・フリーマン)の格好良すぎる表紙に書店で引き寄せられ、ページをめくって目次を見た瞬間に「うへへへ」と気持ちの悪い笑みが浮かんだ。
『ホビット 決戦のゆくえ』をもって、『ロード・オブ・ザ・リング』に始まる14年続いた一連のシリーズは終わった。そう。だからこそ今『ロード・オブ・ザ・リング』が映画というジャンルにおいて何をしてきたか、ピータージャクソンはこのシリーズで何を達成したのか改めて語る時が来たのだ。
まだまだ語られてない数多くのエピソードとともに、これは「指輪物語」の魅力に取りつかれたものたちが力の限り「中つ国」の世界に挑む本気のMOOK本である。情報量は膨大で一読ではとても消化できない。
ピーター・ジャクソンへのインタビュー
中でも面白かったのが、様々な困難な状況に陥りつつも作品を完成させた監督ピーター・ジャクソンへの長文インタビューだ。
どんどん大きくなる作品、必然的に付随する重いプレッシャー、重圧から監督を助け支えたのは子どもの頃に見て救われたレイ・ハリーハウゼンの作品を出発点とする「映画が好きだから」という初心の気持ちであった、この自分にとって大切なものを見失わなかったこと、まるで「指輪物語」のホビットのような精神を持ち続けたからこそ『ロード・オブ・ザ・リング』という奇跡の作品を完成させることが出来たのだとこのインタビューを読むとよくわかる。
大作でありつつも「好きだから」を軸とするインディペンデントの魂を持ち続けたがゆえ映画のキャラクターたちは本当に魂が込められている。原作の雰囲気を損なわず、さらに魅力的にするためピータージャクソンがどういうところをクローズアップしたか、たとえば原作では頑固で視野の狭い老将のドワーフ、トーリン・オーケンシールドが追補編の設定を練り上げた映画版『ホビット』では、いかに「英雄」として奥行きあるキャラクターになったかがこの本では丁寧に語られる。
すべてが主人公「偏愛キャラ読本」
そうやって原作と映画とを往復していくなかで見えてくるのは、すべての者には一人一人役割があるという原作のテーマである。絶望的な戦いの連続、そして最終的な勝利・・・誰一人欠けていても成し遂げられなかったであろう指輪戦争末期における「奇跡」
ただ一人の英雄だけが世界を救うのではない、世界を救ったのは連綿と受け継がれてきた脇役たちの行動の結果でもある、だからこそ「指輪物語」のキャラクターには必ず読む人それぞれにお気に入りの人物がいる。この本の随所にあるコラム「偏愛キャラ読本」を読むとそれがよくわかると思う(高橋ヨシキは強大な力の一端に触れ涙を流す蛇の舌グリマへ共感する、流石の悪魔主義者である)
原作の用語紹介、エルフ語を翻訳監修した伊藤盡へのインタビュー、そして来たる(?)映画版『シルマリルの物語』の大胆予想、さらに素晴らしい労作として存在するのが『ホビット』と『ロード・オブ・ザ・リング』の出来事をすべて時系列で書き原作との完全対応をした「中つ国サーガ全六部作大研究!」である。リード文で「今こそ世に問う超労作にして、映画版検証の極北」と書かれている通りDVDに追加収録されている膨大な特典映像や原作エピソードのどこを削ったかなどがすべて網羅されている恐ろしい記事である。
これでもか、これでもか!と詰め込まれている情報のおかげで映画だけしか見ていない自分には、ああ、ここがここと繋がってと空白がどんどん埋まっていく快感がたまらない。『ホビット』を見た後に『ロード・オブ・ザ・リング』の幽鬼バルログ戦あたりの設定とギムリの反応を見て部屋で一人涙がこぼれてしまう(嗚呼、ドワーフ・・・)
映画版「ホビット」について、そして神話は語り継がれる
冒頭にある荒俣宏のインタビューは、映画「ホビット」について「『ロード・オブ・ザ・リング』というまさに指輪の魔力にこだわってしまった」ピータージャクソンへ苦言を呈している。確かに「決戦のゆくえ」は合戦の描き方、消化不足の感情、ラストの処理などシリーズで一番不満が残るラストだった。
しかし、やはり繋げたことの素晴らしさを評価したいとこの本を読んで改めて考えた。なぜならばピーター・ジャクソンの話もまた一つの物語であり、彼がどれだけ綿密に構成していたかという「戦い」の軌跡は必ず何十年後もしくは何百年後かに再び「中つ国」を創生するものへの道筋に繋がるからだ。実際「神話」はそのようにして長い年月を語り継がれてきたのだから。
洋泉社
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