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嗚呼、ややこしきハラールよ『ハラールマーケット最前線』(佐々木良昭)書評

      2015/11/26

(内容が厄介なだけに長文です。すまん)

バンコクで出会った「ハラール」料理

去年タイのバンコクに行った時、泊まったホテルが実に味わいのあるホテルだった。無駄にでかいと口コミで揶揄されているように、使われていない部屋がたくさんあったり、レストランも封鎖されていたり、

一階のラーメン屋は窓ガラスが割られていたり。

使われていないカラオケルームが奥に見える大部屋で朝食を食べるという環境はなんだかタイにいるにもかかわらず熱海にいるような感じだった。 

そのバイキングで印象に残っている(一番食べた)食事がハラール料理だ。

鳥や羊など毎日メニューが変わる濃いめのスパイシーな味付けに、とある疑問を持ちながら朝からたらふく食べた。 

halalmark 

「ハラール」と「ハラーム」

ハラール」とはイスラーム法で許される行動や食事のこと、「ハラーム」とは逆に禁じられていること。大学では中東あたりの分野も勉強していたので、豚肉とアルコールはイスラム教徒にとって「ハラーム」であり牛や羊も特別な儀式をしながら屠殺しなければ同様に「ハラーム」であるということは知っていた。

そして近年、ビジネスの分野でもハラール食品の需要は高まっている。自分はたまたま見た「ガイアの夜明け」でそれを最初に知った(2012年11月27日第543回放送)その中では、大阪の旅行会社「ミヤコ国際ツーリスト」が16億人以上とも呼ばれるムスリム(イスラム教の信者のこと)を日本に呼び込むため四苦八苦する姿が描かれていた。

ムスリムが日本に来る際に懸念しているのは食事礼拝である。

当時はまだ成田空港にムスリム向けの礼拝の場所すらなく、その場所の確保や食事に関しても旅行会社とホテルが手を組んで一から協力して取り組んでいた。

食事に関してハラールの認証を受けるためには消毒にアルコールを使わないのはもちろんのこと、調理段階にも普通のメニューとは異なる食器や鍋を使わなければならない。など厳格な基準をクリアする必要がある。

 

 ということで疑問。「ハラール」ってどこまで厳格?

だからこそ、熱海の雰囲気を持つバンコクのホテルで食事をしているときに「あれ?」と思ったのである。

食事をしている人の国籍は様々であるが、明らかにムスリムの人も混じっているような空間で彼らが使っている皿は自分たちと同じであること。そして間違いなくハラール料理を補給するときにホテルの人が調理器具を使い分けているようには見えない・・といった疑問である。 

「なんだか、あんまり厳格じゃないぞ?」と?マークが頭についたまま帰国し、ハラールというのは案外肉だけに気を配ってれば認証を受けられるのかもしれない。と数か月後に高田馬場でハラール認証を掲げている店でケバブを食べながら自分の考えは固定化した。

そこに、この間のクローズアップ現代の特集である。(2014/09/22放送「イスラム圏に商機あり」

そこで描かれていたのは

羊の頭をメッカに向けムスリム信者がお祈りをしながら解体するオーストラリアの屠殺業者の様子。

どうにかして味噌の発酵時に発生するアルコールを抑えてハラール認証を受けたい日本の中小企業の挑戦。マレーシアでは魚を養殖で育てる際に豚由来のものやアルコールが入っているものは使わない、出荷の際もハラール用のインフラを確保しなければ認証が受けられないという厳しい現状であった。

 

「やっぱり厳しいじゃねーか!」とそれを見て叫んだ。

 

 ということで読んでみた

いい加減、疑問が膨れ上がったので今回の本『ハラールマーケット最前線』(佐々木良昭(著)実業之日本社、2014年)を読んでみた。

 

 疑問は解決、一言でいえば自分の勘違いであった。しかし、この勘違いはハラールというものに縁がない日本人だからこそ起こしやすい間違いであると言える。

 

ハラール、どこで認証されたかが超重要 

まずハラールの認証と言った時、それがどこの認証か?というのがとても重要である。

つまりその産業が内需外需かということだ。

内需のほうはややこしいので外需から見ていこう。まずアルコールも駄目、豚由来も駄目というイスラーム教の教えは、当然ラードを使用した鉄鍋、豚肉由来のコンソメ、ケーキに使用されるショートニング、コラーゲンなどにもあてはまったりする。

つまりその産業分野は化粧品・製薬・香料など多岐にわたる点は共通しているが、海外でハラール認証を受ける際には統一的な認証機関はない。

重要なのはそのレベルである。基本的にはその国に輸出する際はその国の基準が必要であるが、一つの方法として使えるのは厳しい国の認証をクリアした製品はほかの国でも通用するという事例があり、それで成功しているのがマレーシアだ。

 

めちゃくちゃ認定が厳しい「マレーシア」の事例

マレーシアは世界で唯一政府がハラール認証を行い国策として推進しており(2014年現在)、その厳しさゆえ(一番厳しいのはサウジアラビア)世界中のムスリムから信頼されている。

そこではジャキム(JAKIM)という機関が輸送や梱包まで厳格に規定している。(クローズアップ現代で紹介されていた厳しい認証はマレーシアのこの機関の話である) 

だから海外でハラール認証をしたというニュースが出たときは、それがどこの国なのかというのが重要なのだ。つまりインドネシアやシンガポールだったらそこを足掛かりにしていくのか、マレーシアの認証だったら世界中のムスリムを相手にしようとしているなど、そういう細かい視点である。

 

日本での「ハラール」は大部分がローカルルール

外需の産業に対し、本書で重点が置かれるのは内需を意識した産業だ、つまり日本における観光特産物ホテルなどの事例であり、日本に来るイスラム教徒へ向けての視点である。外需のハラール認証はその厳しさや高いところで年間100万円の認証料、毎年の査察といった莫大な費用や手間がかかるため、日本国内でのハラール認証を見た際は、ほぼ日本国内でのみ通用するローカル認証(認証にかかる費用も手間も少ない)のことだと思っていい。

本書では、その機関を

  1. 株式会社
  2. NPO法人
  3. 宗教法人 

と大まかに分けている。現在日本国内には統一的なハラール認証がなく、その費用も基準もバラバラである。

 

会社、NPO、宗教、それぞれのハラール認証機関について


 1に関しては、コンサルティングや教育などもセットで行う「マレーシアハラルコーポレーション」(ローカルハラルという商標登録をした会社)http://www.mhalalc.jp/や中東・ヨーロッパ圏でも通用する(輸出することが出来る)トルコ・ハラール機関「ヘラルデル」の日本窓口・株式会社バハールhttp://www.baharu.com/など。


 2に関しては、民間のNPOと組んだ宗教法人「京都ハラール評議会http://www.halal-kyoto.info/certificate.htmlの事例が言及されている。「ムスリムフレンドリー」「ムスリムウェルカム」「ポークフリー」などの自の認証は厳密なものではなく簡略化したハラールとの批判もあるが判断はムスリムの観光客に判断してもらうというスタイル。これがあるだけで安心する観光客もいるようだ。


 3に関しては、「マスジド大塚http://www.islam.or.jp/などの事例が紹介されている。ハラールはあくまで宗教的な問題であるため、「世界ハラール評議会」の下部組織であるこの宗教法人は強力な認証機関である。また加盟国同士の横のつながりもあり、アラブ首長国連邦の認証機関にも認められているため輸出産業にも強い。


 

本書を読み終えて

・読み終えて思ったのは外需であれ内需であれ、どの機関が認証を与えたのかという視点は今後色々な問題を引き起こすかもしれないということだ

ムスリムの信仰度合いは国によっても人によっても違う、厳しい基準に焦点を当てるべきなのかそれとも冒頭に紹介したバンコクのホテルのようなレベルでいくのか。厳格な基準でいくべきだという批判もわかるが、日本にくるのは富裕層のムスリムだけではない。出稼ぎに来ているムスリムが高価なハラルレストランばかり行けるわけではない。

しかし2020年に東京オリンピックを迎え、移民の論議が活発化していく日本で同時に懸念されることは、日本独自の簡略化したハラールを続けていけば。ムスリムフレンドリーという言葉が独り歩きしそれを正式なハラールと勘違いしてしまう事例も出てくるかもしれないということだ。また、きちんとした知識を持たずに形式的なハラールだけで粗悪な認証を行う会社も出てくるかもしれない。

まずは学び知ることである、そのハラール認証がどのレベルのなのかを知っていれば説明することが出来る。おそらくそれが今後、ますます増えていくムスリムの人と交流するための鍵である。

最後に、本書で一番「そういえば、そうだ。考え付かなかった」という視点は、ハラール認証というのは逆に考えれば世界一厳格な健康基準であり、徹底すればそれがブランドとしてムスリム以外にも大きな影響力を持つということだった。

そう考えればハラールというのは決して「制限」ではなく日本企業が新たな活路を見出すことができる分野とも言える。

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 - 書評

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