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デュレンマット『失脚/巫女の死』より「失脚」評

      2015/11/26

 デュレンマット『失脚/巫女の死』より「失脚」のあらすじ

 
 
どこの国かわからない、とある部屋の内部。
 
そこへ国の郵政大臣であるNが入ってくる。会議の参加者が彼に続いて次々に集まってくるが、Nには彼らの様子がいつもと違うように思える。頭をよぎるのはOが失脚したという情報であった。この国において失脚するということ、それは「死」を意味する、思考を張り巡らし出席者の表情をうかがっても何の情報も見て取れない。
 
そして最高指導者であるAが傍らにCを引き連れ部屋に入ってくる。Oの姿が見えないまま会議は始まった・・・。
 

力の幻想

個人の意思というものはシステムの中では存在せず、個人はそこではただの記号に過ぎないのではないか、このようなテーマをこれほど鮮やかに描いている小説を久しぶりに読んだ。なにせページを開けて最初に出てくるのがA~Pまで割り振られている図である。アルファベットの「記号」が彼らの名前なのだ。

 

この小説が凄いのは、通常は登場人物を把握するのに困難となる無個性な記号が、むしろ記号Aを頂点とする権力機構の中でそれぞれの力関係を際立たせる作用として働き彼らの個性を際立たせている点だ。

 

独裁国家とおぼしき国の「記号」達による最高会議。そこで中心となるのがOの不在である。Oがいったいどうなったのか、誰がその情報を知っているのか、最高権力者であるAは何を考えているのか、出方を誤ると自らも失脚してしまうという極限の状況を読者はNの視点だけをたよりに読み進めていく。

会議に参加していながらある種の観察者として振る舞うNの視点は、しかし、正確な観察者とはなりえていない。N自身はGと対立するDの派閥に属するものと考えているが、Nは担当部門の専門家以外の何者でもなくDにとってもGにとっても人畜無害な存在だった。NAにとって吹けば飛ぶような存在だったので、あだ名さえつけてもらえなかった」(p45)と書かれている通り、自身の状況を見誤っている。Nは凡庸で、そして観察も不確かである。しかし、そのように凡庸であることが逆説的に無害な存在という他者の了承を引き出この巨大なシステムの内部にまで上り詰めさせた。

 

政治局の十三人の男たちには恐ろしいまでの権力があった。彼らはこの巨大な帝国の運命を決め、無数の人々を追放し、刑務所に入れ、死刑にし、何百万人もの人々の人生に介入し、あっという間に次々と工業地帯を作り、さまざまな家族や民族を強制移住させ、巨大な都市を建設し、途方もない規模の軍隊を編成し、戦争と平和を決定したのである」(p47 

システムは複雑で彼らには絶大な権力がある。

 

だが物語の途中、偶然にも最高権力者であるAがこの部屋と外部との関係を断ってしまった時からこの場における権力はとても単純なものへと変化した記号だけとなった世界で明らかにされるのは個人の資質とは関係なく他者との関係性において権力は成立するということだ。

 

凡庸な意見が武器となり、強固な理論が弱体化したり、圧倒的な空回りが場をかき乱してしまう、そのような事態が密室状態となったこの部屋のなかで繰り広げられていく。十三人の力関係はめまぐるしく変化していく。それは最高権力者であるAとて例外ではない。

 

個人の特性、外見、思想などは権力を構成するうえで一部分となるが決して本質ではない。Aが最高権力となりえているのは、極端な話Aという記号だからである。アルファベットは単なる文字であるが、漠然と我々はBよりもAが上であるという風にみなしている。そうした暗黙の了解はAがBより先に来るアルファベットの形式上、便宜的に決められているに過ぎない。

 

つまりAでさえ権力のシステムの中では一つの記号にすぎない。最高権力者というものは存在するが、一時的なものである。それはあるシステムの中で他の記号がその特定の記号を最高の権力とみなしているときにのみ存在する。しかし共同的な主観による相互の取り決めは、ふとしたきっかけで虚飾がはがれる。

 

「王様は裸である」そして「あんたたちなんかただのトランプじゃない!」というような不意の一言で、そこにあるのは思想や理性でも、ましてや革命のイデオローグでもない、この物語で虚飾を剥がしたのは恐怖心からくる原始的な自己生存本能である。

 

権力と互いに関する恐怖心―――それはあまりにも大きかったので、純粋に政治を執り行うことは不可能だったし、理性もそれに打ち勝つことはできなかったのである」(p45

 

強いものは弱く、弱いものは強く、めまぐるしく変わる権力の構造転換の果てに何があるか、そこはわれわれにはもう見慣れた光景であるかもしれない、しかしそうした権力の構造と組み換えの瞬間を見せてくれる寓話として、そしてOはいったいどうしたのか?というミステリーとしても「失脚」は素晴らしい物語である。

 

光文社古典新訳文庫『失脚/巫女の死』はほかにも、いつも乗っている電車が見慣れない状況へと変貌する「トンネル」、あまりにも有名なギリシア悲劇「オイディプス王」を託宣を告げる側からまるで役人の手記のように描く「巫女の死」、車の故障が切っ掛けで村の屋敷に泊まることとなり、ひとつのゲームをすることとなった男を描く「故障」といったデュレンマットの素晴らしい短編が収められている。

 

共通するのはある種のシステムが狂った時に現実が見せる破れ目、底の底まで堕ちていく感覚である。ひとつの出来事で複雑なシステムが狂い始める寓話がまったく他人事でないと私に思えるのは、現在の社会状況が寓話より寓話らしくなってしまった。そんな感覚を感じるからかもしれない。

 

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