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ヨンデル教授(書評家:豊崎由美)の白熱教室を聞きに下北沢B&Bへ行ってきたよ

      2016/05/20

日曜日(2014年6月30日)に下北沢B&Bのイベントに参加。
 
その名もヨンデル教授の白熱教室vol.2~名作はダメ人間の宝庫です~
 
『まるでダメ男じゃん!』刊行記念。書評家・豊崎由美さんが通称「ヨンデル教授」となり、課題本をもとにディスカッションを交えた白熱講義を展開するというもの。
 
課題本はボフミル・フラバル『剃髪式』(松籟社)
 

『剃髪式』のあらすじ

1920年代初頭、第一次世界大戦後の建国間もないチェコスロバキア共和国ボヘミアにある「ビール醸造所」を舞台に、長い髪が魅力的な人妻マリシュカの一人称で物語は綴られる。

毎朝筋トレをする気弱な夫フランツィン、その親戚でほら話ばかりするペジンおじさん、博士でありビール醸造所の会長でもあるグルントラートなど、少しおかしく魅力的なキャラクターたちの騒動を作者フラバルは自らが生まれる前に存在した「幸福な時代」として生き生きと描いている。

 


個人的なフラバルとの出会いや雑感

・イジー・メンツェルの映画『英国王給仕人に乾杯』は、背の低い主人公ヤンがパブの給仕人から徐々に出世していくという物語を当時のチェコの社会状況と絡めて見事に描いている。

1938年のドイツによるチェコの占領によってこの国で少数派だったドイツ人が大きな顔をするようになり、ヤンは皮肉なことにその状況(恋人がドイツ人)によって出世してしまう。その姿が大国に翻弄されるチェコという小さな国と重なる物語の構成、ユーモアとグロテスクさと共に時代が推移していく寂しさが混じった独特の語り口に衝撃を受けた。池澤夏樹の世界文学全集に原作があると聞き、急いで買ったその物語の原作者がボフミル・フラバルだった。

ボフミル・フラバルの作品は最近までまったく読むことが出来なかったのだが、近年翻訳が相次ぎ、イジー・メンツェルが手掛けたいくつかの映像作品も限定的ではあるがその一部が上映されるようになってきた。

この流れを推し進めるべくファンとして今回の『剃髪式』も、発売直後にすぐ購入。

しかしここで問題が発生する。

この『剃髪式』の世界観にどうもうまく入れなかったのだ。

『わたしは英国王に給仕した』は独特の世界観ではあるが会話が多いこと、時系列が整理されているため物語の推進力が強いのだが、『剃髪式』は、短い分量にも関わらず情報の密度が濃いということもあってページがなかなか進まず何が起きてるのか一読では理解できないという難しさがあった。例えば出だしはこういう風に始まる。


「私が大好きなのは、夜の七時を迎えるあの数分間。布団やしわくちゃになった『ナロードニー・ポリティカ』の新聞紙でランプの火屋をきれいに拭き、燃えていた芯の黒い部分をマッチ棒でこそいでから、もういちど真鍮のキャップをかぶせる。七時ちょうどになると、あの美しい一瞬が訪れるの。ビール醸造所の機械が停まって、電球が灯っているすべての場所に電流を送っている発電機の回転数が下がりはじめ、電気も電球の光も弱くなり、白い光は徐々に淡い紅色に、淡い紅色の光は薄織や薄地のモスリンを透かした灰色になって、タングステンの幕は、佝僂病にかかった人の赤い指、赤いト音記号を天井に映し出す」


こんな感じなのである。一応は最後まで読み進めモヤモヤしたまま、読書会の当日は梅雨のしとしと雨。

「やめようかなあ・・・」という思いが強くなるが、こういう時に行かないのが悪い癖なので思い切って当日飛び込み参加。

結論:本当に参加して良かった。また行きたい

読書会という形式は好きでたまらないという作品について話すよりも、ちょっとよくわからない作品がだんだんと理解できるということに最高の楽しみがある。と改めて実感。

何より面白かったのは、豊崎社長の漫談のような語りのおかげ、2時間があっという間だった。
 

(以下、読書会についてのレポート)

ノートが汚かったのと講演会の性質上自分の主観と客観が入り混じって正確な発言ではないのが多くあると思いますのでご了承ください。

読む前の知識の補強、チェコという国について

まずは社長による簡単なチェコについての知識の補強、大国に翻弄されていた抑圧の歴史、フクス『火葬人』もそうだが、チェコの作品に関しては歴史を知っていることが物語を読み解いていくうえで重要な要素となるという提起。

そして社長本人による『ガタスタ屋の矜持』から、フラバルの別作品『あまりにも騒がしい孤独』の書評朗読(カミュが『シーシュポスの神話』で書いた運命を投げ出さないことで逆説的に絶望から免れているという知識があらすじ紹介と過不足無く収まっていて「読みたい!」と思わせる見事な書評だった)

また 「ガイブンの輪」(第33回)においてラテンアメリカ文学を翻訳している野谷文昭と対談した際の「ラテンアメリカの文学の特徴は土着性と西欧の規範の合体である」という話を引用。つまり、この土着性に着目するならばマジック・リアリズムとは外から見た人が名づけているわけで、その国の人にとって見ればマジック・リアリズムというのはマジックでも何でもなく少し話を誇張しているだけなのではないか、そうであるならばこの感覚はラテンアメリカだけに限定されるわけではなく、中欧版としてフラバルがいるではないかというお話。

そして、この土着性は同じチェコ出身のミラン・クンデラにはなく、ボフミル・フラバルがそれを獲得しているのは、あくまで国内に留まり続けたからではないか。 

ちなみに「ガイブンの輪」(33回)はYouTubeにある。(やったぜ)

ディスカッションと質問

と、ここまでを下敷きに後はディスカッション。参加する人にはあらかじめ以下の質問が配られていました。

①「剃髪式」で一番好きなダメ人間は?
② ①の理由
③ あなたが好きなダメ人間が出てくる小説作品は?
④ ③の内容の解説

 

(以下は読書会の流れをザッと)

人妻マリシュカに話が集中

この物語をダメ人間の宝庫として、主人公の人妻マリシュカに話は集中。
「旦那さんをなめてる感覚」
「煙突の上に本気で上ってしまう」
「このヒロインが動くたびにハラハラする」

という意見がだんだんと先鋭化し(笑)

「自分の魅力をわかっている女」
「村の男たちとやってんじゃないか」という意見まで出てくる。

主人公が苦手という意見が続く中、ここで重要な指摘をする人が。

出てくるのは男性のみで女性が浮かび上がってこない

所々に性的モチーフが多い

確かにp45の一例をあげてみても

秋になってトウモロコシの皮を剥いていると、皮を剥く私の手、それから私の目が炎のように輝いているのをちらりと見ては、品のある女性はそんなふうにトウモロコシを剥いちゃだめだ、という表情を見せる。ほかの男性がこの光景を見たら、私のように大笑いをしたり、目を輝かせることはないものの、私の手がトウモロコシの皮を剥く仕草に、欲求を満たしてほしいという合図を取ってくれるかもしれないというのに

 

物語序盤にも豚の血を村の男たちと一緒にくっつけあって遊んだり等の描写もある。

「マリシュカは今でいうオタサーの姫みたいな感じじゃないか」

「ダメ人間って言うのはトラブルメイカーであり、その存在が物語の推進力になる」
 

続いてやり玉にあがるのは、ぺピンおじさん 

 
そして次はペピンおじさんがやり玉にあがる(笑)が、ペピンおじさんは否定的な意見が少なく自分も
「ペピンおじさんは寅さんみたいで好きです」と発言。
 
ペピンおじさんとマリシュカのダンスシーンは素晴らしく、対比的に気弱なフランツィンの秀才のようなダンスがやり玉に挙げられる。けれど、だんだんとみんな、フランツィンが愛おしくなってくる気配が伝わってくる。これだからダメ人間小説は怖いw
 
 

ここで訳者の阿部賢一さんが登場し色々と質問をぶつけることに。

Q,翻訳としてはやりやすかったか?

A、語句に色々な意味が込められてるような気がしてスッと訳していいのかと戸惑うことが多かった。

Q、「断髪式」じゃなくて「剃髪式」というタイトル?

A,宗教的な意味合いを出したかった。断髪式だと相撲のイメージが浮かんでしまう。


 

語句に色々な意味が込めれらているとはどういうことなのかという質問に、阿部さんは最後のページに書かれている「マサリク通り」を例に挙げた。この時代以降、通りの名前が次々とマサリクと命名されたことで、この最後のページは新しいチェコの始まりを告げているように見えるということ。そして、こうも言っていた。この小説は明るさの中に陰がある。ペピンが凄い良いと話にあがったが、年齢と時代から従軍経験者であるのに、自分の話をまったくしないことに何か病的な物があるのではないかと。この明るすぎて陰があるという描写はチェコ文学において良く見られると。

 

トヨサキ社長のまとめと駄目人物が出てくる小説の紹介

・1982年発行のアントニィ・バージェス『エンダビー氏の内側』には続きの『エンダビー氏の外側』があるとあとがきで書いてあってそれから何十年も出ていない。

つまり「翻訳を待つ私たちはマゾ」なのだから「我々はニッチの国の翻訳物は全て買わなきゃいけない」という素晴らしすぎる名言で読書会は終了した。

 
*「剃髪式」の映画、訳がないですが読んだ人はどういう雰囲気で映像にしてるのかわかって面白い。

 

読書会で薦められたダメ人間が出てくる小説

『美しい鹿の死』( オタ・パヴェル)

『 ぼくのともだち』( エマニュエル ボーヴ)

『残念な日々』(ディミトリ フェルフルス)

『ローベルトヴァルザー作品集』

 

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