村上春樹語る!川本三郎まとめる!貴重な映画本『映画をめぐる冒険』書評
村上春樹の貴重な本といえば若いころに村上龍と対談した『ウォーク・ドント・ラン』が存在するが、今回紹介する『映画をめぐる冒険』もなかなか見つけることが出来ない。
本書は村上春樹と評論家の川本三郎が、1926年から初めて1984年までのビデオ化している264の作品を約200~300字で交互に語っていく映画のカタログ本だ。
『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』で主人公が部屋で一人ヒッチコックやジョン・フォードの映画を見ている場面があったり、卒論のタイトルが「アメリカ映画における旅の系譜」だったりと村上春樹が映画好きなのはよく知られている事実だが、意外に映画について彼がガッツリ語っている本は少ない。
村上春樹
戦争映画の中ではニコラス・レイの『苦い勝利』やキューブリックの『突撃』やルイス・ギルバートの『ビスマルク号を撃沈せよ』なんかが僕は好きだった。タイトルはまったく思い出せないが、朝鮮戦争ものの中にもいくつか面白いものがあったように記憶している。西部劇ではなんといってもハワード・ホークスの『リオ・ブラボー』、ジョージ・スティーブンスの『シェーン』が最高だった。
(本書p5より)
本書はこんな風に好きな映画について村上春樹がコアな書き方をしている点がとても面白く、また『アフターダーク』がロベール・アンリコ『若草の萌える頃に』から着想を得ているといった『雑文集』で述べられていたような小説の元ネタ話などもチラッと書かれており興味深い。
たとえばマルクス兄弟の『吾輩はカモである』についてはこんな感じ。
村上春樹「この映画の見せ場はなんといっても鏡の場で、このグルーチョとハーポの演技は何度見ても鬼気迫るものがある。映画とは関係ないけど、僕も『羊をめぐる冒険』という小説の中にこれからヒントを得て鏡の場面を入れた」
これは『羊をめぐる冒険』下巻9章「鏡に映るもの・映らないもの」においての以下の場面のことを言っている。
「僕は鏡の前に立ってしばらく自分の全身を眺めてみた。とくに変ったことは何もない。僕は僕で、僕がいつも浮かべるようなあまりぱっとしない表情を浮かべていた。ただ鏡の中の像は必要以上にくっきりとしていた。そこには鏡に映った像特有の平板さが欠けていた。それは僕が鏡に映った僕を眺めているというよりは、まるで僕が鏡に映った像で、像としての平板な僕が本物の僕を眺めているように見えた。」
そのほか学生時代、金のない村上春樹は演劇博物館で映画のシナリオを読みふけっていたエピソードを裏付けるような感想も散見された。
村上春樹
個人的な話になるけれど、僕は学生時代にこの『黄金』のシナリオを何度も何度も読みかえして作劇術の勉強をしたことがある。ユーモアの要素が欠けている点ではかなりしんどいが、作品のしまり具合はかなりのものである。若き日のジョン・ヒューストンの手になる才気あふれるスクリーン・プレイは、今観ても充分鑑賞に耐えうる。でも個人的には僕は悪役のボガードというのはあまり好きではない。
『荒野の七人』を「この中でスティーブ・マックィーンがショット・ガンに散弾を込める前にしゃかしゃかと耳のそばで振るシーンがあって、これが妙に記憶に残っている」と語るように村上春樹は映画についての何気ない一場面をよく覚えていて、細部への独特の眼差しが他のエッセイ本にも共通の不思議な世界観を構築している。
村上春樹「ジェイソン・ロバーツのハメット役も良かった。ぽつんと人里離れた一軒家でじっと妻を見守り、待ち続ける中年男の男気が見事に出ていた。できることならああいう中年になりたいものである。」
フレッド・ジンネマン『ジュリア』
村上春樹ばかり取り上げたがもう一人の主役である川本三郎も情報を過不足なくまとめる職人の文体で痺れた。
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川本三郎
『エイリアン』で名をあげたイギリスのデカダンス派リドリー・スコットの処女作。
製作は『小さな恋のメロディ』やミック・ジャガー主演の『パフォーマンス』さらにのちに『炎のランナー』『キリングフィールド』を作るデヴィッド・パットナム。ナポレオン時代の軍人二人が、名誉と誇りのために決闘を始める。決闘のたびに邪魔が入ったりして決着がつかない。ついに二人は半生にわたってえんえんと決闘しつづけることになる。まだ「騎士道」や「貴族の名誉」が残っていた時代の話である。
原作はジョセフ・コンラッド。キューブリックの『バリー・リンドン』で使われたローソクの光だけの撮影方式で、いわゆる「泰西名画のような」映像を作り出している。音楽はモーリス・ジャールの息子で、最近大活躍しているジャン=ミシェル・ジャール。
最後に、この本が出版されたのは1985年。まさに映画館から家庭へ、つまり古今東西の名画がなんでも家で見られる現状への移行期に書かれた文章だから「ビデオ」についての二人の複雑な反応も垣間見える。
村上春樹はこの移行を儀式的空間の喪失と言い「高校の帰りに鞄を抱えたまま二番館の闇に沈み込むときのしびれもない」と語る。川本三郎は「映画にはいつどこで見てもいい映画と、作られたそのときにだけいい映画と二種類あると思う。永遠の名画と一回限りの名画。ビデオは永遠の名画ばかりを固定し、一回限りの名画を忘却させてしまう」と言う。
いずれにしても、そのように世界は進むという認識のもとノスタルジーを含みつつ作られたビデオカタログ本なので今読んでも情報の宝庫で役立つ。なにより「遊星からの物体X」「マッドマックス2」「スターウォーズ帝国の逆襲」「ブリキの太鼓」「悪魔のいけにえ」について語る村上春樹というのは非常に新鮮だった。
原作者のスティーブンキングが文句を言ったスタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』について「映画化権を渡してしまえば原作者なんて床の間の掛け軸みたいなもので、誰も相手にしてくれない」と語っていた村上春樹。
床の間の掛け軸で構わないから、是非とも『ノルウェイの森』について触れている映画本を読んでみたい。
『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』について
村上春樹「スターウォーズ三部作の中ではいちばん地味で暗い(といってももちろん比較の問題ですが)作品だけれど、そのぶん不思議に心に残ってしまうところがある。帝国軍に追われに追われて宇宙を逃げのびていくところなんか、まるで「平家物語」というのはオーヴァーなんだろうな、たぶん」
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