生きて語り伝える、春日太一の書籍と最新作『役者は一日にしてならず』(小学館)について
2015/12/02
点と点が線になる快感
ドラマも邦画もあまり見てこなかったせいで俳優の名前と顔を一致させることがどうにも苦手である。
名画座で古い映画を見るようになって、あ、この人こんなのにも出てたんだと少しずつ情報が増えていっても、まだ「近衛十四郎って松方弘樹に似てるねえ」とトンチンカンなことを言って笑われるレベルであった(近衛十四郎は松形弘樹のお父さん)
その点と点の知識が線となり、俳優の関係がおぼろげながら掴めるようになったのは映画史研究家・春日太一のおかげである。去年『なぜ時代劇は滅びるのか』で、時代劇=水戸黄門ではないんだぞ、もっと凄いんだ!と饒舌に語り、続く『時代劇ベスト100』でそのストーリーの面白さを巧みに紹介してくれた。
実際に池袋の新文芸坐で本に連動した上映会が行われた際には、時代劇を知らない世代である自分なんかはそのハチャメチャな、観客をどこまでも面白がらせてくれる作品のサービス精神にグッと心を掴まれた、「めっちゃ熱いじゃん!時代劇!」と。
(上映とセットで行われた全六回のトークショーはこちらの「W流」というサイトで見ることが出来る!sugoi!)
http://st.wowow.co.jp/detail/5335
「役者」を知って厚みを増す物語
そうして本と映画を往復するうちに「役者」という存在に俄然興味が湧いてきた。以前は漠然と演技が上手い、刺さるなあと思っていただけだったが、そう人に思わせるために監督や俳優たちがどのように役作りや演出をしているか、それこそ春日太一の『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』などの一連の書物を読んで衝撃を受けた。
名優相手に一歩も引かない演技論ゆえに喧嘩へと発展したり、一番最初に通行人役で黒澤明にひたすら駄目出しされた仲代達矢が、監督最後の時代劇『乱』においては炎上する城の階段から足元を見ずに降りてくる一発撮りのシーンで、ゆったり間を取る演技をしたために監督に心配されるなど、こういうことを知ってから作品を見ると物語に厚みが増すのだ。
語られるべき言葉の数々『役者は一日にしてならず』
過去の作品の面白さを伝えること、もっと現場の語られるべき声を拾うこと、そのためにゆっくりしている時間はないという「春日太一がやらねば誰がやる!」スピリットに溢れた集大成こそ『役者は一日にしてならず』である。
平幹二郎、千葉真一、夏八木勲、中村敦夫、林与一、近藤正臣、松方弘樹、前田吟、平泉成、杉良太郎、蟹江敬三、綿引勝彦、伊吹吾郎、田村亮、風間杜夫、草刈正雄。
と、こう名前を書いてるだけで、緊張で背筋が伸びる名俳優達へのインタビュー集。しかし、この本に堅苦しい雰囲気はない。みんな実に生き生きと、自らの未熟な時代、そこでの叱咤激励、昭和の名優たちとのエピソードを語っている。
前田吟が渥美清に演技について話を聞いた際に「吟ちゃんスーパーマンは飛べないんだよ」と謎かけされる話や(答えは本書で!)、中村敦夫が『木枯し紋次郎』で演出をした際には朝から晩まで絡みの人を田んぼで走らせたため、みんな嫌になり仕方なく近くの龍谷大学のラグビー部員にチャンバラをやらせたという話など、もう、どこから読んでも裏話や深い話満載である。(チャンバラを知らないラグビー部員は本気で殴り掛かってきた)
そして役者としての演技論、語られる話は生活費のため何でも仕事を引き受けたこと、大学との兼ね合いで悩んだ話、付き人として嫌々出演した等それぞれに物語があり千差万別である。しかしそこに共通するものがある。それは自分がどういう役回りなのか、演じるものたちの間でどう空気を作っていくかという徹底的な自覚である。
中村敦夫は言う「演技の間はサッカーに似ている」と。
俳優自身がそれぞれに磨いてきた方法論が「言葉」でしっかり飛び出してくるのが本書の一番の強みである。成功してもそこに充足しないで、次々に飛び出していき、時代の移り変わりや年齢という壁にぶっかった際に彼らがどのように切磋琢磨していったかというつらく貴重な経験をインタビュアーの春日太一は「好きでたまらない」と幅広い知識を持って聞いていく。
こういう本は今までありそうでなかった。映画雑誌で俳優が取り上げられる際は新作の話が主だったり、故人の思い出などを語るものだったりと話し手のキャリアを含めた芸談というのは少ない。
だからこそ、冒頭の三國連太郎の6分間の対話、綿引勝彦とも通じるありえたかもしれない人生として「悪役」について語る蟹江敬三、そして夏八木勲の言葉の数々、故人となった名優の話を書きとどめておけたのはこの世界にとって素晴らしいことだった。なぜなら、この道で行くと決めたときの彼らの試行錯誤によって育まれた思いはどんな分野でも参考になる貴重な言葉だからだ。
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