懐かしいが懐かしいが懐かしい『念力ろまん (現代歌人シリーズ) 』(笹公人・書肆侃侃房)感想
2015/11/26
たまたま手に取ってグイと魅了されたこの笹公人の『念力ろまん』は、ただ単純に短歌をノートに書き写して終了というだけではなく総合的に何か喋りたくなる欲望がたまらなく湧いて出てくるそんな魅力に満ちていた。
- 9の字に机ならべていたりけり夜の校庭はせいしゅんの底
夜の校庭に忍び込みこの悪戯を行った中学生が逮捕されたとき、最初は宇宙人に対しての呼びかけであると彼らは答え、最後には単純に世間を騒がせたかった、そして9の文字に意味はないということで一応の決着がついた。
上にあげた短歌はいわゆる、この1988年に起こった「机「9」文字事件」を題材にしている。
だが、個人的な意固地さを発揮させてもらうなら事件の真相はやはり完全にはわからないと思うし、また往々にして事件というものは行為の主体の意図を超えたところで受け手にメッセージを伝えてしまうことがある。実際、どこかへ自分たちの存在を示したかった彼らの行動は後続の様々な作品に影響を与えた。
そして、この短歌を見て『涼宮ハルヒの憂鬱』における主人公ハルヒが校庭に落書きをする「笹の葉ラプソディ」というエピソードの一場面を思い出す人もいるはずなのだ。
客観的な意見ではなく完全に自分の思い込みであるが、この歌集は各時代においてあらわれた「浪漫」以前のぼやぼやとして対象がない、しかし何かを待ち望んでいるかのような寂しさを持つ「ろまん」、そのあこがれ、きらめきや苦みを「念力」で結びつけていることに凄味があるのだと思う。
特に、現代の暗さと比べ馬鹿みたいに陽気な、そしてさびしさを伴ったポップソングが街をにぎわしていた時代を詠った「気分はCITY POP」という連作は、たまらなくそこに憧れている自分の気持ちに合致していた。
- バブリーにときめきたいぜ往年の角松敏生の歌詞のごとくに
- 海沿いのカーブをポルシェで曲がりたい稲垣潤一の歌詞のごとくに
- ゴダイゴの「ビューティフルネーム」脳内にかけながら見る園児の散歩
- カラオケで久保田うたえばわが胸のアフリカの河きらり波打つ
- 童貞を患いしころ飛ぶ鳥のCHAGE&ASKA街に響きぬ
夜の郊外で柵の向こうの空き地を見るような、突然シティーハンター的に空港で人々を見送りたくなるような、夜に突然自転車で遠出したくなるような、時々自分が感じるほとんどの人にはわかってもらえないこの感覚がなんなのか、この本を読みながらこれこそ「浪漫」とも言えない、未確定な「ろまん」なのではないかと徐々に自分の思いが結びついていった。
時代を経てもよくわからない未確定の抒情は時を超える、そのあたり全体としてハッタリやSF、チープさやオカルトが混然一体となった、あの「角川映画」作品群を見ているかのよう。読み進めていったら驚くべきことに大林宣彦の映画にささげる短歌連作もあって、その符号に運命的な幻魔大戦的な感情を勝手に抱いてしまう。
- 土曜日の実験室のフラスコに未来の愛がけむりていたり
- ラベンダーの香りのきみを抱きとめる時の波間に呑まれぬように
時代を超えた「ろまん」の群れを別のジャンルから調達しているけれど、文脈がわかる人にだけわかればいいという態度を取っていないことも歌集として優れている。その固有名をなんとなく知っているだけで、そこに溢れる寂しさの残滓に触れることが出来るだろう。
- ラッセンの絵を勧めたる美少女去りて壁のイルカと暮らしはじめる
- サーベルを噛んで暴れるジェット・シンにも老婆を避けるやさしさありき
- ぬるま湯を粘土にかけて混ぜておりジャミラのように悲しい昼は
CHAGE&ASKAのASKAは薬に沈み、J-POPはいつからか「シティー」を歌えなくなった。歌えないのか、歌わないのか、なにかひとつの「ろまん」が失われつつあるときに個人としてそのよくわからない「ろまん」を見つめていたいと、この時代と歯車のズレを感じつつ生きている人もいる。
- 無口なるバイト店長カラオケで「リンダ リンダ」を歌い狂えり
そして未確定の抒情がこうして「念力」で現代に召喚されるなら、同時代や未来の抒情もいまここで歌えるはずなのだ、だから、ここに収められた短歌はいつかまたどこかの段階で読むと再び抒情の花が開くだろう。ここに未来の「ろまん」はあるのだ。
- あかねさす昼のタモリが見つからぬ並行世界に響く声明
- にんげんのともだちもっと増やしなと妖怪がくれた人間ウォッチ
- ランドリーのみどりの椅子に腰かけて中央線のしっぽ見送る
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