トレーダー分岐点

新刊本や新作映画、アニメの感想などを書き続けるサイト|トレーダー分岐点

*

【書評】皿々に召還せし、人々の記憶『ラブレーの子供たち』(四方田犬彦・新潮社)

      2015/11/27

流石新潮社、豪華だわ…と思いながら四方田犬彦『ラブレーの子供たち』を読み進めた。

最近、豪華な料理とはそもそもどういうものか?と考えることがよくある。特定の場所でしか手にに入らないもの、金を積んでも食べられない地産地消の食品等、そこには様々な観点があり、めちゃくちゃ高価なものが即、豪華さとイコールで結ばれるわけではないように思う。

そんな風なことをつらつら考えていたからこの本の視点に自分は実に興奮した。作品に出てくる料理を再現した書籍は数多くあるが、この料理エッセイは様々な古今東西の有名人物が偏愛していた料理を現代日本において再現するものというものなのだ

そこからいったい何が見えてくるか。

s_ラブレーの子どもたち

「どんなものを食べているか言ってくれたまえ。君の人となりを、言い当ててみせよう」

この『美味礼賛』の著者サヴァランの言葉が冒頭にあるとおり、ある人が繰り返し食べていたり、またはチラっとしか言及してない料理を著者が実際に作って食べることで、それらがその人にとってのある重要な思想を内包しているのでは?ということを思索していくのである。

堅苦しい本ではない。それこそ取り上げられるメニューがロラン・バルトの『表徴の帝国』についての記述から始まるように筆は軽やかだ。天ぷら油の処女性について論じ、すき焼きこそ理想的な前衛さを兼ね備えてるというバルトの視点は真実かどうかよりも、思いもよらない考えを提示してくれる点でこの本と似ていた。

例えば立原正秋である。日本酒や古寺について造詣が深く、流麗な文体を使いこなし日常生活においては鎌倉に居を構えたこの文士に著者は苦手意識を持っていたようだ。

しかし彼が晩年、山中で山菜を取り、それを蒸して包む料理を好物にしていたという記述から、立原正秋が鎌倉に住んだのは無意識の内に韓国で生まれた幼き貧乏の時代を回想する思いがあったのではないかと著者は認識を改める(食材を葉物で包む作法は韓国料理の伝統の一つ)

または澁澤龍彦。彼が幼少期に好んで食べた「ある食べ物」に政治や戦争に関してあまり語らなかった人の戦争観が現われているのではと著者は見立てる。その食べ物こそ真ん中に白いコンデンスミルク、その周り全てにジャムを敷き詰めた「反対日の丸パン」である。それはひたすら甘く、食べるのものを快楽で満たす。

だが普通の日の丸パンではどうか。真ん中にジャムを塗るだけ=ジャムの分量は少ない=快楽の量が少ない。ここから「日の丸」を忌避する澁澤龍彦の心性は案外このように徹頭徹尾彼の快楽原則に反しているからではないかという直観は読んでいるとゾクゾクして楽しい。

ラフカディオ・ハーンの作っていたクレオール料理や古代ローマの子豚の丸焼きの再現など「一度は食べてみたい。豪華だ…」と思いつつも、一番面白く豪華であるのは敗北があらかじめ予見されている料理である

アンディ・ウォーホルが題材にしたキャンベルスープ缶をひたすら取り寄せて飲んでみて、その味付けの均一性にうんざりしながらもそれが実にウォーホルのテーマのようだと感心したり、またはイタリア未来派の料理作法を忠実に再現してみせたりする。料理を芸術にするために彼らは視覚的要素こそ重要だと考えていたので、著者も手を青くし(流石に手袋着用、本来は塗料使用)、照明を変化させ室温を急激にあげたりして未来派が捉えた「イタリア」料理を作り上げる。

ある意味で馬鹿馬鹿しい行いだが作り上げたコースには美しいイタリアという赤・白・緑という価値観が内包されており、そこに政治的な芸術へと変容した未来派の萌芽が見られるという感想が秀逸だ。

無駄かもしれず・失敗するのもわかっていながらも試しにトライしたことで出来たものが何らかの新しい知見を引きだし知的快感へと繋がることもある。つまり、おそろしいほどの手間をかけて美味くはないものを作り上げること、それもそれで「豪華」な料理であるとこの本は教えてくれる。

ちなみに本の目次(お品書き)はこんな感じである。
・ロランバルトの天ぷら
・武満徹の松茸となめこのパスタ
・ラフカディオ・ハーンのクレオール料理
・イタリア未来派のお国尽くしディナー
・立原正秋の韓国風山菜
・アンディ・ウォーホルのキャンベルスープ
・明治天皇の大昼食
・ギュンター・グラスの鰻料理
・谷崎潤一郎の柿の葉寿司
・ジョージア・オキーフの菜園料理
・澁澤龍彦の反対日の丸パン
・チャールズ・ディケンズのクリスマス・プディング
・『金瓶梅』のカニ料理
・マリー=アントワネットのお菓子
・魔女のスープ
・小津安二郎のカレーすき焼き
・マルグリット・デュラスの豚料理
・開高健のブーダン・ノワールと豚足
・アピキウス古代ローマの饗宴
・斉藤茂吉のミルク鰻丼
・ポール・ボウルズのモロッコ料理
・イザドラ・ダンカンのキャビア食べ放題
・吉本隆明の月島ソース料理
・甘党礼賛
・四方田犬彦のTVフリカケ

 

【関連記事】

書評『田中小実昌エッセイ・コレクション3「映画」』食べて、見終えて、酒飲んで

主婦の友社100周年企画「毎日のおかずレシピBEST600」は最強の定番料理本!

買う、読む、飲む。杉村啓『白熱日本酒教室』(星海社新書)書評

 - 書評, 食べ物

スポンサーリンク
スポンサーリンク

  関連記事

【書評】家庭科を食らえ!『シアワセなお金の使い方 新しい家庭科勉強法2』(南野忠晴、岩波ジュニア新書)

「ああ学生時代もっと勉強しとけば良かった」 こんな言葉に巷で良く出会う。「どの教 …

大山卓也著『ナタリーってこうなってたのか』(双葉社)評

ネットで記事を書いていると、文章術含め色んな人が色んなことを言っているなあと思っ …

武器を理解せよ傷を理解せよ、小野美由紀著『傷口から人生』(幻冬舎文庫)書評

本の正式名称は『傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった …

【書評】『映画は中国を目指す』(洋泉社・中根研一)

「アイアンマン3」「ダークナイトライジング」「パシフィック・リム」・・・近年のハ …

【書評】おそるべきめいちょ『ニュースをネットで読むと「バカ」になる ソーシャルメディア時代のジャーナリズム論』(上杉 隆著、KKベストセラーズ刊)

様々な歴史的な経緯を経て、ネットには大手メディアが報じない真実があるというのは嘘 …

本能刺激のはんなりグルメ漫画『ワカコ酒』(新久千映)

最近書店に行くと、食べ物系の漫画がとても増えている。 それらを買って色々と読んで …

傑作の影にクソもあり、メガミックス編『傑作!広告コピー516』(文春文庫)書評

「需要が違うんだから」と女性に言い放つクソ男の台詞とその的外れなダサい広告のせい …

映画館はつらいよ『映画館のつくり方』(映画芸術編集部)

映画好きなら1度は考えるかもしれない。 「映画館を運営するということ」 しかし、 …

【書評】『ちいさな酒蔵33の物語』(中野恵利・人文書院)を読んで微生物に思いをはせる夜

ブームを受けて日本酒の本が最近多数出版されているが、本書は酒蔵自体にスポットの当 …

映画『リトルプリンス星の王子さまと私』を見る前に再読しませんか原作

2015年11月21日に公開される映画『リトルプリンス星の王子さまと私』は、とあ …