時をかける青年たちの歌集『抒情の奇妙な冒険』(笹公人・早川書房)感想
2015/11/26
自分の感覚と恐ろしいほど合致した『念力ろまん』が面白かったので、同じ著者・笹公人の第三歌集『抒情の奇妙な冒険』を読んだ。
「ジョジョうの奇妙な冒険」ってな感じで、ギャグだ・・・。
しかも短歌なのに「ハヤカワSFシリーズJコレクション」の一冊。
えっ、どういうこと?と身構えていると、「四丁目の夕焼け」と題された連作が目に入ってくる。
- しのびよる闇に背を向けかき混ぜたメンコの極彩色こそ未来
- ベーゴマのたたかう音が消えるとき隣町からゆうやみがくる
ん?と思ったのは著者の過ごしてきた時代とここで歌われる短歌の時代が違うはずだから。実際にカバー裏を見てみると著者は1975年生まれ。ベーゴマやメンコが盛んだった時代とは間違いなくズレており、この出来事を直接経験していないのではないか?と
よくわからないまま疑問に思っていると。この短歌が目に飛び込んでくる。
- 夕ぐれの商店街ですれちがうメトロン星人ふりむくなかれ
ははぁ、と勝手に納得した。「四丁目の夕焼け」という連作は間違いなく「Always三丁目の夕日」というあのノスタルジーばかりで内容に問題ある映画へのパロディである。
抒情や郷愁というのはある意味でいくらでも構築が可能なのだ。『クレヨンしんちゃん モーレツオトナ帝国の逆襲』において、その時代を知らないのに万博の描写や夕焼け、ベッツィ&クリスの「白い色は恋人の色」や吉田拓郎「今日までそして明日から」のフレーズに「懐かしさ」を感じて涙してしまうように。
また例えば「ウルトラマン」という物語を直接的に経験しておらずとも、私は円谷のおもちゃ商法で引っかかった世代なので、そのモノを含めて経験していない抒情が時代を超えて再び回帰することもある。
そして、強烈な抒情は時を経ても今なお強烈な毒にも似たものを発する。前回『念力ろまん』でその名状しがたいノスタルジーの源泉こそ「角川感」と根拠なく名指したが、この歌集でも、終わりの空想、世紀末、オカルトといった角川映画の空気が充満している短歌がある。
- 血塗られし系図の上を駆けてゆく黒い羽織をひらりなびかせ
- 真夜中の校舎の屋根を駆け抜ける白い光は転校生か
- さめざめと友と泣きたる秘密基地九十九年に寿命さだめて
抒情をさかのぼり、そして近づいてきて、いくつかの短歌は著者の手触りを感じる抒情に満ちている。
- 学習漫画『杉田玄白』読む子らよ腑分けの場面トラウマとなれ
- 持ち出した箪笥を墨に塗りたくりYMOを演る
抒情はさらに現在を歌い、過去と現在が交錯する。そして・・・
- なつかしきゴジラのフィギュア手にとれば埃なりけり
- フセインをマリオに見立てたゲームせし兄のパソコンにウイルス届く
- 放射能の赤が世界を染める頃もムーピー・ゲームにふける人々
- 祐ちゃんのかけ声響く外野席に裕次郎の霊降りにけるかも
抒情は現実に拮抗しなかったという定型抒情悪玉論、しかし意図的に、戯画的に構築された抒情がもつ短歌を読むことによって、「抒情」と名指されて一語で終わる言葉が持つ多様性に触れることが出来る。過去と未来を縦横無尽に旅し、時をかける抒情の旅人はそして未来も歌えるだろう。なるほどハヤカワSFシリーズJコレクションに収録されている理由が読み終えたときには、よく分かる歌集だった。
- 未来にもきっといじめはあるだろうICチップをご飯に混ぜて
- 「ドラクエXXXクリアしたよ!」と曾孫らの声響くだらう春の墓前に
【関連記事】
関連記事
-
-
【書評】皿々に召還せし、人々の記憶『ラブレーの子供たち』(四方田犬彦・新潮社)
流石新潮社、豪華だわ…と思いながら四方田犬彦『ラブレーの子供たち』を読み進めた。 …
-
-
相変わらずいつのまにか販売している漫画「犬マユゲでいこう」新作『かんたんいぬまゆげ』
今回もいつの間にか発売していた。石塚2祐子『犬マユゲでいこう』最新作。 そういえ …
-
-
【書評】家庭科を食らえ!『シアワセなお金の使い方 新しい家庭科勉強法2』(南野忠晴、岩波ジュニア新書)
「ああ学生時代もっと勉強しとけば良かった」 こんな言葉に巷で良く出会う。「どの教 …
-
-
~これからは家で留学の時代!?~重田勝介著『ネットで学ぶ世界の大学MOOC入門』(実業之日本社)評
「あなたはMOOC(ムーク)を知っているだろうか?」 …
-
-
闇にさらなる闇を当て、高橋ヨシキ『悪魔が憐れむ歌』(洋泉社)書評
字面から連想されるイメージとは異なり「悪魔主義者」とは絶対的権威を …
-
-
初めてスヌーピーの漫画を読むなら『スヌーピーコミックセレクション』(角川文庫)がおすすめ
今年は漫画、本・カフェ・アニメ・グッズなどありとあらゆるところでスヌーピーが流行 …
-
-
文化をあつめてつなげる新雑誌『コレコネ』創刊のお知らせ。
自分が所属しているサークル「Arts&Books」でこのたび新しく雑誌を …
-
-
【書評】映画秘宝とオトナアニメの究極タッグがついに聞き出した!『アニメクリエイタ―の選んだ至高の映画』(洋泉社)
アニメクリエイターが映画について語る語る 複数のアニメクリエイターが映画について …
-
-
日本酒の本を選ぶなら「はせがわ酒店」監修の『日本酒事典』を読もう!
このあいだの山同敦子『めざせ!日本酒の達人』(ちくま新書)の評で自分が何を言って …
-
-
嗚呼、ややこしきハラールよ『ハラールマーケット最前線』(佐々木良昭)書評
(内容が厄介なだけに長文です。すまん) Contents1 バンコクで出会った「 …