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穂村弘『短歌の友人』書評~友達作りの方法論~

      2015/12/02

「俺にもできる」

短歌を作ろうと思ったのは1年ぐらい前に読売新聞を読んでいた時だ。
 
長い詩を書きたいと思いつつも机に向かって自身の声と対峙する気力が湧かなかった時期、何気なく新聞の短歌欄を見て「このレベルなら俺にもできる」と率直に思った(当時は!)それが作ろうと思ったきっかけだった
 
それから誰にも言わずにこっそり作り続け、良いと「自分」が判断した短歌を日々の合間に投稿。
 
数か月後ある一首が新聞に掲載され気をよくした(調子に乗った)私は短歌を作ってることを公言し始め、歌をさらに定期的に投稿するように。

 

が、しばらくしてビギナーズラックは掻き消え掲載されなくなる。なおかつ「俺の方が良くね?」病に発症。幸いそれは他分野で若い頃に発症していたため、症状の初期段階ですぐに自覚し、治療をすることを決意する。

 

つまり、短歌において良いと呼ばれる「基準」は何なのだろう?

 

素朴な「自分」の基準では、新聞歌壇の特選になるような歌、世間を賑わす現代短歌を把握できない。
だからこそ他者による議論の積み重ねの上での「良さ」を掴むため様々な歌論を読み始めた。

 

しかし、「おもしろくない」

 

書かれていることが変に抽象的であったり、文脈の高い議論は続く。わかっている、詩にしても映画にしても、何かを掴みたいと思ったときはそう簡単に、目的の本が見つかるなんてことがないことを様々な作品に触れる中でその抽象性の高い議論を把握でき・・・あ、見つけた

 

 

初心者にもわかりやすく議論が開いており、戦後以降の短歌の歴史を踏まえ、現代短歌の状況を嘆いたり貶すのではなく何故そういう表現になったか、どのように評価されているのかを説明してくれる。
 
穂村弘『短歌の友人』はそうした自分の「いま」感じている疑問を的確に教えてくれる本であった。

 

特に「これでいいのか?」という短歌を、まずその歌を否定するのではなく、どういう奴なんだろう?と肯定的に観察し、そして「これでいいのだ」と平易な言葉で説明していくことにこの本の凄さがある。
 
よくわからない奴を否定するのではなく友人になるための方法が書いてあるのだ。

 

  • 電話口でおっ、て言って前みたいにおっ、て言って言って言ってよ(東直子)
  • たくさんのおんなのひとがいるなかで
    わたしをみつけてくれてありがとう(今橋愛)
  • たすけて枝毛姉さんたすけて西川毛布のタグたすけて夜中になで回す顔(飯田有子)
様々な媒体に発表された論考をまとめているため重複している議論や短歌がいくつかある。上記は本書の中で繰り返し参照される短歌だが、これを見て一発で納得して「良い」と判断できる人は少ないのではないだろうか?しかし、それでもここには現代短歌の特徴があると穂村弘は述べる。

 

近代短歌に代表されるような(教科書に掲載されるような)短歌は、斉藤茂吉に代表されるように「生の一回性」を歌うこと、つまり命の重みを歌うことが至上命題であり、その叙情性が良い短歌であるという読みのコードが支配していた(そしておそらく一般レベルでは今も)
 
しかし、戦争という時代を得た後にはそうした生の一回性を歌う支配コードに対し疑問が提示される。塚本邦雄に代表される「前衛」と呼ばれる歌人は生命を重さから解放し、言葉のフェティシズムによる言語操作に活路を見出していく。ただし、そこで前提とされている言語操作も戦争への憎悪、戦後という時代への違和という感情が背景にあり、地名の改編や母、異性といったテーマの選択は短歌の歴史を踏まえた上での「反」という異議申し立てであった。

 

そして、現代。言葉のフェティシズムは自明のこととなっていると穂村弘は述べる。
 
かつて「酸素自動販売機」とイマジネーションで作り上げた塚本的短歌の空間は水が24時間コンビニで売られる現代では自然なものとなったこと、「私」という言葉の重みは今という時代に場面場面において無意識的に操作される対象となったこと(女性歌人が使う「僕」という人称など)

 

この空間を穂村は「酸欠世界」と呼ぶ、自然が当たり前に存在しそのあふれる空気の中で「私」を高らかに歌えた過去の時代とは違うということだ。自明な「短歌」のコードで評価できない「酸欠世界」の作品に批判の声がでるのはわかる(もしかしたら批判以前に状況は困惑のほうが正しいかもしれない)しかし、穂村はその酸欠世界においては短歌に存在するリフレイン構造が気持ち良いものではなく空気の薄さにあえぎ、それでも他者を切実なまでに希求に繋がっているように思えること。また自明の事と思えることをあえて歌うことにより言葉を軽く握ることは、ある種の短歌への武装解除かもしれないと肯定的に観察している。彼はそこに現代短歌の可能性を見出しているようだ。

重複している議論や短歌があるためか本書が引用される際にはそうした「酸欠世界」の意見のみのことが多い。けれど、それを踏まえた上で状況を批判的に見続けることを選択した歌人(本書の中では小池光など)、酸欠世界の中で技巧によって酸素ボンベを獲得する歌人(小島ゆかり等)の短歌もしっかり紹介している。
 
また、「NHK短歌」の投稿に役立ちそうな「なるほど短歌」と言ったジャンルについてのまとめ(例:この鯛は無病息災に生きてこしにこうしてわれの口に入りたる 沖ななも)や、詩的イメージを軽く流す短歌の作り方と現代詩を作ることとの差異、どのように言葉を選択すればリアリティを獲得できるか等、実際に作る上で非常に役立つ議論が多い。ここからわかるのは穂村弘は状況をかなり意識的に捉えており、なおかつ短歌の歴史を踏まえた上で現代を「接続」しようという態度が見られることだ。
 
だからだろう
 

本当にウサギがついたお餅なら毛だらけのはず、おもいませんか?

まみの話をきいてるの? 不思議だわ、まみの話をきくひとがいる

という不思議な短歌から

夜明け前 誰も守らぬ信号が海の手前で瞬いている

包丁を抱いてしずかにふるえつつ国税調査に居留守を使う

このシャツを着ているときはなぜだろういつでも向かい風の気がする

といった叙情的なものを背後に感じさせる歌まで自由自在に武器を繰り出せるのだ。すべてはこの世界を生き延びるうえで他者と遭遇するため(他者の歌を読むため)今ある武器をしっかり点検し、自分はどういう武器を持っているのかを考えることは重要だ。
 
 
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