面白いインド映画を探すならこの本!『インド映画完全ガイド』
踊らない、そして伏線を巧みに利用した洗練されているインド映画が増加中である。
たとえば『きっとうまくいく』(原題は3idiots「3バカ」)。インドの工科大学で学ぶ、落ちこぼれ3人組の青春時代と、10年後失踪したリーダー格の男を探す現在を、交互に描く物語。笑いあり涙ありの見事な脚本は日本でも大ヒットを記録した。
ほかにも、消えた夫を探しに妊婦がムンバイをさ迷う『女神は二度微笑む』も凄い。冒頭から謎が謎を呼ぶ展開。ラストのどんでん返しは、久々に「やられた!」と衝撃を受けた。本作はハリウッドでもリメイクされるらしい。
Contents
『インド映画完全ガイド』は多種多様なインド映画の面白さを凝縮
かと思えば、一人の男が殺されたあと、蠅に輪廻転生して復讐を遂げる『マッキー』のような荒唐無稽な面白い作品もある。
今回紹介する『インド映画完全ガイド』は「ボリウッド」と名指したときに捉えきれない数々の作品、「いったいこの国の幅の広さは何なの!?」という疑問に答えてくれる本だ。
まず驚くのは、ページを開くとズラリと並んだ俳優たちのゴージャスなグラビア。
日本のインド料理屋の、ちょっと画質の荒いテレビで流れているような無骨な顔&ケバい衣装といった雰囲気はまったくない。
濃い顔でありながら、シュッとした岡田准一似のハンサムな男優や、際どい衣装を身につけ蠱惑的な表情でこちらを見据える女優、その洗練されたゴージャス感に驚く。
最近のインド映画の面白さは「洗練」にあり
「洗練」
これは、いまのインド映画を語るうえで大きなキーワードである。
インド映画の特徴といえば、ダンスに加えて長尺の上映時間があげられる。2時間30分は普通、3時間超えもゴロゴロ。どうやらインドでは、時間の長い映画ほど良いという基準があるらしい。その時間を目いっぱいてんこもりで観客を楽しませることが最高のサービスとのこと。
確かに『きっと、うまくいく』の三時間は、三時間と思えないぐらいサービスてんこもりで、観客を飽きさせないための工夫も盛りだくさん。
ただ、そこにある変化が起きているというのだ。
90年代からの著しい経済の繁栄、インドはいま中流層が爆発的に増加中。それに伴って、娯楽も多種多様に。短い余暇時間を様々な娯楽に振り分ける傾向から、シネコンが台頭し、観客の回転率が重要視される。
市場の要請と観客のニーズが合致したことで、脚本は洗練され、映画館は徐々に長い尺の映画は減少傾向らしい。
洗練VS土着の二項対立ではない豊饒さ
この辺は、日本など先進諸国とも共通するかもしれない。
しかし面白いのは、確かに中流層の増加により洗練された作品は増えてきたが、その一方で土着感溢れるベタベタの作品も、まだまだインドではヒットを飛ばしているということだ。
本書を読んで一番勉強になったのは、インド映画の幅広さは、インド国内の言語の多様性に結び付くということである。
たとえば「ボリウッド」はムンバイの旧名「ボンベイ」の頭文字と「ハリウッド」を掛け合わせた言葉だ。けれど、ムンバイで使われている言語は、インドで一番話されているヒンディー語圏ではなくマラティー語である。
そのためか、いまボリウッドの脱ムンバイ化が進み、少しずつ首都デリーでの映画製作が増えている。
蝿転生男の復讐劇『マッキー』が作られているのはテルグ語圏。この地域の特徴は、最新の技術を使ってベタベタの土着性を表現するということ。リアリティを高めるのではなく過剰な表現へ。
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ほかにも、サラーヴァー語、マラヤーラム語、カンダーナ語、タミル語などそれぞれの地域の特色を生かしながら、インド映画は画一的ではないダイナミックなうねりを伴っている。
未公開の面白そうな映画情報も多数収録
このように、今まで「ボリウッド」と把握していた概念が氷山の一角であることを教えてくれる本書。
ほとんど見たことのない作品ばかりだが、とにかく面白そうで鑑賞予定リストが次々に埋まっていく(2014年のインド映画興行1位である「PK」も日本で話題を集める前にいち早く紹介していた)
海外で話題になった作品は、日本にポツポツと単発で来るため、どういう流れでこの映画が出てきたのかわからないことが多い。だからこそ、映画外の背景を含めて解説してくれる映画本は貴重なのだ。「インド映画の略史」や「日本におけるインド映画が公開された歴史」など資料的価値も高く、ビジュアルの面白さも追及した本書は万人におすすめしたい。
*(おまけ)本書を読むと90年代のインド映画の廃盤量に驚くだろう。下記もそのひとつだが、意地でも見たい。
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*2015年は、ほかにも『国境を超える現代ヨーロッパ映画250 移民・辺境・マイノリティ』という素晴らしい映画本があった。「移民」「国境」は各国の抱えている重要な課題で、現在のヨーロッパ映画において様々な形で影を落としている。この本の編集者は今回紹介した『インド映画完全ガイド』と同じく夏目深雪。
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