武器を理解せよ傷を理解せよ、小野美由紀著『傷口から人生』(幻冬舎文庫)書評
2015/12/02
本の正式名称は『傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』
大学三年生の頃『少女革命ウテナ』に大いにハマり、twitterで「ウテナ」とつぶやいている人がいれば片っ端からフォローしていた時期があった。この本の著者も確かその関係でフォローした記憶がある。(たぶん)
最初は同じぐらいのフォロワー数だった(記憶がある)小野美由紀さんはその後ガガガっとフォロワーを伸ばしていき、たまたま見ていた女性誌の「ROLA」なんかにも登場していて、活躍している姿に「格好いいぜ」と思っていた。素朴に。
でも、この本にはそうした自分が思っていた格好良い彼女の姿はまったく描かれていなかった。
というか、壮絶だった。
まず最初から凄い。第一志望である企業の最終面接でパニック障害を発症し、彼女は「順風満帆」な社会というエスカレーターの流れに乗れなかった(文字通りエスカレーターの前で)半年後、彼女は「カミーノ・デ・サンティアゴ」にいた。キリスト教の三大聖地の一つ、スペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」へ向かう巡礼路に。
自分の勝手な物差しで見るならばこの行為は、<就活に失敗して精神を病み、キリスト教の巡礼路へ向かった日本人>と記述できてしまう。そして「ああ、なるほどね」と分かりやすく納得し、その直後我が身の情けなさを振り返り自己嫌悪に陥る。
そうした自分の目とは少し違うが、彼女もこの「安全圏からの物差し」をひきずったまま巡礼路にいた。大道芸で日銭を稼いで世界を渡り歩く人や仕事を辞めて語学研修を受けながら海外で仕事を探すお姉さんを違法日本人宿で見たとき、
「けれど、正直に、正直に告白すると、はっきり言って、私は彼らを見たときに、うらやましいと同時に、ついバカにするような気持ちになってしまったのだ。そうは言っても、彼らは日本の社会から、逃げてるんじゃないのか?っていう5パーセントのケーベツが」(p24)
こう思い、そしてすぐ自己嫌悪になる、自己嫌悪になりながら歩きはじめる。
第一志望の有名企業の面接からのスペイン巡礼路、この極端から極端へ行く行動はおそらく自分には出来ない。しかし、ここで彼女が味わった感覚は非常にわかる。「海外に行ってどうするの?」と言わないまでも考えてしまう「日常」の感覚だからだ。
強固に固まった感覚がこの旅を通じて溶け始める。知り合った人々との出会いや事件、何よりも「重要なのはあなたがあなたの速度で生きることなのよ」、「安定の道、自由な道、どちらがあなたの道?」と彼・彼女らが発する言葉によって、徐々に。
そして、自分が今こうあるのは、こうなってしまった状況は何故なのか?
「そもそもの傷がどこにあるのか」を彼女は巡礼路を歩きながら過去を遡っていく。
大学入学時のサークルでの失恋、そこから夜の街・六本木でのキャバクラの経験、大学受験における失敗、自傷を繰り返してきた中学時代。その様々な経験の中心にあった空虚さを認識したとき、家族に、何よりも母親に認められたかった自分に気づく。TOEICを950点とっても得られない、その承認の不足はいつしか様々な恨みへと転化していったことを。
この本の凄さは自らの傷を見ていく過程を分析的に、なおかつ感傷的に、そしてパニック障害になった自分を「穴に落ちたマリオはどんな感じなのか」と、状況を重さだけに回収させないユーモアを交え描いている点にある。
「印刷したばかりのシラバスと、新生活応援のフリーペーパーと、授業選択のガイドラインのインクの酸っぱい匂い。そのあいだを、まだ若草のの匂いのする汗と、つけ慣れない香水の甘い香りのいりまじった体験をふりまきながら、着慣れないスーツに身をつつんだ18,19の子どもたちが、うっとりした目でさまよい歩く」(p99)
こんな文章を見ると、自分にもあった大学入学時の輝きを思い出し、「ああ・・・」と胸が締め付けられて呻きが出る。
出来事は壮絶だが感覚を共有できる文章。問題を棚上げにして抽象的な言葉に逃げるわけでもなく、しっかりと自らの傷を見定め、徐々に弱さを受け入れる過程は、駄目だった過去の自分を断罪せず身体的に獲得している「言葉」ゆえに辛く優しい。
人は変わる、そして変わった見方で行動した結果、何が起こるか。巡礼の道の果てに何が見えたのか、それはこの本を読んでのお楽しみである。しんどい親と格闘している友人、いま何かにもがいている人に薦めたい。読む人の傷を照射させ「自分の傷」を見るキッカケともなる本だからだ。
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「セルゲイ・ミロノヴィッチ・キーロフ」
(*レーニングラードで暗殺された人望のあった共産党の幹部)
何ひとつ確実なものはない、何ひとつ安全なものはない
今日は昨日の動かぬ善をくつがえす
死にかけたものはすべて貪婪に生にしがみつく
何ものも血と叫喚なくしては生まれない
武器を理解せよ傷を理解せよ―――
形なき過去は彼の行為によって行動に鍛えあげられた
ただ不断の行動のなかにのみ彼の確実性は見出された。
時が遠ざかるにつれて彼はより長い影を投げるであろう
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