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映画館はつらいよ『映画館のつくり方』(映画芸術編集部)

      2015/11/26

映画好きなら1度は考えるかもしれない。

「映画館を運営するということ」

しかし、少しでもミニシアターや名画座で作品を見続けたり、映画館が潰れていく現状を目にしていくと、この業種が抱える途方もない苦労を知っておそらく尻込みするに違いない。

が、同時にこうも思うだろう。それでも続けるそのやりがいとは何だろうかと?

雑誌「映画芸術」が取材し、それを本にまとめた『映画館の作り方』は実際に地方のミニシアター系映画館の直面している問題や、この業種ならではの運営者側が感じる仕事の喜びを丁寧に描いた画期的な良書である。

映画『ニュー・シネマ・パラダイス』の感動が映画や映画館に付随するノスタルジーと密接に絡みついているように、地方の頑張っている映画館の描写は必然的に涙を誘う。特に1918年に開業した北海道の大黒座のエピソードはもうダメ。誰もいない映画館で「どうしてお客さん来ないのかなあ」「面白い映画なのにねえ」と亡くなる直前まで父とよく言葉を交わしあっていたという大黒座・現支配人の思い出話は胸にくる。

ここまで極端ではなくとも、産業も人口も衰退している地方において映画館での運営はますます難しくなっている。しかし、この本が画期的なのはその地方の映画館の記事をただの苦労話だけに、つまり、ただのお涙頂戴だけにしていないところにある。映画の観客が通常介入することのできない客観的な話もしっかりとまとめられていて、それが凄い。

たとえば映画館のデータである。「大黒座」の例を上げれば、座席の位置図、従業員数3人、年間売上600万円、年間来客数6000人、スクリーンサイズの特徴といった映画館の情報が詳しく掲載され、さらに街の人口比、近隣の公示地価、地域の主な産業なども細かくまとめられている。

それにその映画館で何を上映したかという年間プログラムもあるので、地元の映画館として、どういうものをどういう意図で上映しているかが読む人にわかるようになっている。映画館はただ良いと言われている映画や古い映画を流せばいいというものではない。評価の確定した名作を一週間流してそれで終わりというわけではなく、その街との関係で様々な作品を流し文脈を作っていかなくてはいけないのだ。

まったく映画館がないところにおいては「レッドクリフ」を映画館で上映するだけでも、観客にとっては重要な体験となる。尖った映画ばかりやっていてもダメ、街と密接になりすぎても保守的、このシビアなバランスで上映作品をどれぐらい流すかといった細かな作業が興行主には要求され、それこそが醍醐味でもあると様々な人が証言しているのが非常に印象的だった。

この本が発行されたのは2010年。そこから現在までに都内でも多くの映画館が建物の老朽化や経営不振によって潰れ、上映素材もフィルムからデジタルへと凄まじいスピードで進んだ。そういう状況においても、いまだに業界のルールにしがみつき殿様商売を続ける映画会社も数多ある。

また文化産業の助成金に関しての意見もいろいろ出てきているが、それに頼りすぎると、お上が口を出してきて面倒くさいのは、フランスでかつて起きたラングロワ更迭事件に明らかである。この本は、このような文化の独立性とお金の確保という危ういバランスを考えるうえで役に立つ。

現状の目先の利益のみを追い求めるクールジャパーン勢には是非とも、ここに出てくる「たはは・・・参ったなあ」ってな感じで日々映画館を運営し続けるべらぼうに格好よい人たちの姿を見てほしいと痛切に思う。

 

本書に登場する映画館一覧

シネマ尾道(広島県尾道市)、名古屋シネマテーク(愛知県名古屋市)、大黒座(北海道浦河町)、シネマスコーレ(愛知県名古屋市)、シネウインド(新潟県新潟市)、京都みなみ会館(京都府京都市)、シネマ5(大分県大分市)、シネマルナティック(愛媛県松山市)、シネマ・クレール(岡山県岡山市)、シネ・ヌーヴォ(大阪府大阪市)、シネマ・トーラス(北海道苫小牧市)、シネモンド(石川県金沢市)、第七藝術劇場(大阪府大阪市)、シアタープレイタウン(秋田県秋田市)、シネマテークたかさき(群馬県高崎市)、桜坂劇場(沖縄県那覇市)

*雑誌「映画秘宝」において現在「名画座秘宝」というタイトルで、同じように名画座やミニシアターの運営に携わる支配人のインタビューや裏話をまとめた記事が連載されているので興味を持った方は是非そちらも。

 

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