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映画への畏怖を叩き込まれる名著『淀川長治 —カムバック、映画の語り部』(河出書房新社)感想

      2015/11/27

最近は映画について書くことに悩んでいて、単体の映画について善し悪しを言うよりも。自分がどういう映画が好きなのか、どういう論が継承されてきたのか考えつつ映画本に学びアンパンマンの映画に癒されている日々だ(病気のため自宅療養中ということもあり)

そして、この悩みはすべて『文藝別冊 淀川長治』を読んでからのこと、ひとことで言えばこの本は読む人に「映画に対しての畏怖」を叩き込む名著である。

映画を知らない人でも、何となく知っているこの淀川長治。画像からもわかるとおりニコニコとしている(淀川長治の本の表紙は全てニコニコしている)

おそらくこの「ニコニコ」が一般的なイメージだと思う。では、こういう一節はどうだろう。

淀川長治「健康的だね。健康的で情ないね。まさに今の少年が青年になる道をお踏みになって。非常に芸術性がないのね。「スターウォーズ」好きで映画やりたいな~いうとこに良さと悪さがあるのね。本当はね、こういう仕事する人はね、7歳からオマセになってね、13歳で童貞を失ってね、20歳の頃は隠れて子供堕ろしてね、それくらいじゃなきゃダメよ」

橋口亮輔との対談より

一般的なイメージからは遠いこの「ギョッ」とする発言は本書全体を読めば「ニコニコ」の陰にある淀川長治の「業」のなせるものだということがよくわかる。

幼少期に母屋に住んでた芸者さんたちの「汚さ」と、そしてそれが化粧によって変貌していく「美しさ」を見つつ映画に向かい美意識を育てていったこと。父親への憎しみから淀川という自分の血筋を絶やすことを決意したこと、結婚を考えたこともあったが、やりたいことのために「映画に人生を捧げた伝道師」の生い立ちが自身の口から語られる。

無粋なことをなによりも嫌う人であったようだ。独身であることをまっとうするため晩年はホテル暮らし、その場所で死ぬことを覚悟した際には誰にも迷惑をかけないために棺桶が入るエレベーターかどうかの確認をして、常に自分の葬儀のお金を携帯していた。

その人生観ゆえに彼の映画に対する眼差しは厳しさと優しさの両方を備えている。

金井美恵子「私たちが見ていない女優を含めて、いろんな女優の話が『映画千夜一夜』でたくさん出ましたけれども、だいたい女優の魅力を語る人というのは、異性としての女性として語るでしょ。だからどうしても性的なものとして語るんだけれども、淀川さんの語られる女優というのは、そういうものとはかけ離れているんですね。」

金井美恵子と蓮實重彦の対談より抜粋

プロフェッショナルなものとして女優を見て共感する淀川長治の話術は映画が「映像」としてあらわれてくるものであり、それは蓮實重彦×金井美恵子の対談でも語られているように一世一代のものであった。(その一端は本書の映画塾最終講義や『映画千夜一夜』での熱弁に見ることが出来る)

映画をもっとたくさんの人々へ見させるための伝道師として不本意な映画もテレビで語る。その両義的な気分を淀川長治は蓮實重彦との対談でこう述べている。

「日曜洋画劇場」もこの頃、いよいよ堕落して、最低のをやっているから、もう馬鹿馬鹿しくて、これほど辛い仕事はないのだけど、シカゴならシカゴとはどんなところですか、とかあるいはハロウィンとは何ですかと、そっちへ話を持っていくのね」

このような発言からもわかるとおり、淀川長治がテレビにおいて映画を語る場合は、どんなに駄目な映画でも「映画」そのものへの接続点を探し、最低限の分量と手際でテレビを見る人の興味や回路を開いていったと捉え直すべきだろう。

このような映画に対するプロフェッショナルな自覚と愛情は、映画へ携わっている人にも向けられ、橋口監督の初劇場作品『二十歳の微熱』はその甘さを指摘しつつも「映画に吸い付いて、頑張んなさい。あんたはやれるから」と激励し、死の数か月前に対談した爆笑問題との対談でもアッパス・キアロスタミ『桜桃の味』を見てないと答えた二人に対して「死刑だ、二人とも」と笑いながら諭し「歌舞伎見なさいよ、文楽見なさいよ」と締め「僕は死んでからも細胞だけで生きてますからね。見てますよ」と(おそらく本気の)怖いジョークを言う。

「そんなことしちゃ駄目」「こんなの見てちゃ駄目だ」と映画を通して愛情を持って叱ることのできた、そういう意味でも唯一無二の人だった。

「とにかく私は三十年の映画ファン道を踏んで尚かつ映画と格闘している。そう云う者も居るということを考えて下さると、十巻の長さの、映画シナリオと云うものが、五年間の映画修行で書けるかどうか、書けるとすると、余程修行を積まねばならぬし、映画感覚と云う特殊な才能の持ち主でなければならぬということを念を押したかったのである。もっと恐ろしいことは、自分が映画の虫となったがために、かえって自分を失ってる場合がある。それはどう云う事かと云うと映画の世界に生きすぎて、常識を失ってしまう事である」

冬書房『映画散策』’50所収、「或る映画ファンの道」より

こういう文章を読むと、自分の拠って立つものが本当にボロボロであることに気づかされ、なにも書ける気がしなくなってくる。だが、勇気や人情、人生の機微を教えてくれると淀川長治が信じた映画に対して無粋な真似をしてはいけない、と文章を提出する判断に「もし淀川長治が見たら?」というおそろしい基準が出来た。「通過儀礼」ということでそれは頑張るしかない。

さて。講演を依頼したのに講演中にその人が来ていないのが嫌、主催者を待たせるのは駄目、編集者のこれ書いてくださいという適当な依頼には説教、こういう性格の淀川長治が自身の図像を使われどうでもいい映画を論評させた「Hulu」に対して何を言うか?ここまで読んだ皆様にはおわかりだろう。

「そんなことしちゃ駄目」と大激怒に決まっている(笑)

 

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