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264万句のつぶやき、仲畑 貴志『万能川柳20周年記念ベスト版』(毎日新聞社)書評

      2015/12/02

少し前に広告コピーをまとめた本について書いた時に悪口をたくさん言った。でもその本を読んで良かったのは広告コピーというある意味で対象(商品など)の付属となる文章にもキチンと作者がいると改めて教えてくれたことにある。

それで、そうやって作者を並べてる最中にやっぱり仲畑貴志は凄いと思った。言葉を軽く握っていて読みやすく、しかも記憶に結びついて口ずさむことの出来る=覚えているコピーの数々。

「ココロも満タンに、コスモ石油」(コスモ石油)

「反省だけなら、サルでもできる。」(大鵬薬品工業・チオビタドリンク)

「今日、私は、街で泣いている人を見ました。」(エーザイ・チョコラBB)

「昨日は、何時間生きていましたか」(パルコ)

毎日新聞にはその仲畑貴志が川柳を募集して選んだ作品を掲載しているコーナーがある(歌壇とか俳壇みたいなものですな)その名も「仲畑流万能川柳」

 

とほほ系や庶民感覚の過ぎる「あるある」ネタが多いサラリーマン川柳とかを想定していた(つまりは下に見ていた)自分は、例えば「痴漢出てふれあい広場の名が変わる」(駒ヶ根 桐山実茶)みたいな作品が掲載されているのを見て本当に衝撃を受けた。

 

その「仲畑流万能川柳」へ2005年から2010年の間に投稿された264万句のなかから厳選し収録したのが本書『万能川柳20周年記念ベスト版』である。(*ちなみに五七五が川柳で季語や切れ字を入れたのが俳句、そういうの関係なく五七五七七が短歌、最初は自分もそういえばなんだっけと迷うことも多かったので一応紹介

  • 熱いこといわれても今眠いです(神戸 打道彩佳)
  • メガネないメガネがないと探せない(東京 慇懃無礼)
  • ベビーカー孫に大根持たせとく(前橋 エリッ句)
  • 座右の銘用意してるが聞かれない(伊勢原 上田寛)
  • 好きなもの食べてと1000円渡される(熊谷 須永昇)
  • 税務署は主婦を無職と書き直す(姫路 ただかよ)

なんとなく付箋をつけた川柳は、まるで初期の殺伐としていなかった時代のtwitterのゆるい空気のようで最高である。適当に言葉を垂れ流すのが好きな自分にとっては思わず「ふふふ」と笑みがこぼれてまう、これらは素晴らしい「つぶやき」である。

 

もちろんサラリーマン川柳のような哀愁を取り上げたものや「アハハ」系も面白いのが多い。というよりこの本を読んで、わかるでしょ、こうでしょ、面白いでしょと「共感」を先に求められるような感じがしたから、それらの川柳が苦手だったのだとわかった、ここにある作品はそんな嘘っぽさをなぜか感じない。

  • なぜ妻が手を伸ばしてるブーケトス(東京 あまねそう)
  • 酒代を浪費と叱る厚化粧(久喜 野川清)
  • お見合いの時はたしかにあった胸(仙台 もりつぐ)
  • マツタケ飯どこやどこやと食い終わり(神戸 あっちゃん)
  • 食べながら腰が浮いてるバイキング(大津 金田三蔵)
  • 心からおわびしますと代理人(富里 石橋勤)
  • ホコリ出る者同士ゆえたたかない(大阪 呑寿庵)

あと川柳はポツンと言葉を置いて読む人に独特の寂しさを感じさせるのも向いているのだと知った。そういう感情を強く感じたのがこの3つ。

  • 年金で娘の年金払ってる(川西 ようちゃん)
  • おひなさま疲れが見えるようになり(糸魚川 清水ミエ)
  • 洗い物たくさんあったころ思う(東京 ミコヤン)

だれにも着目されないところをあえて言うことである種の感情が浮かんでくる作品群、ここまで来ると短歌とか俳句とか関係なく詩的感覚は繋がっている。

  • 火葬場でヒソヒソ話 骨密度(北上 惰眠)
  • 通帳に恥ずかしそうな利子2円(豊中 高尾ひろみ)
  • 食堂の割りばし立の底こわい(門真 小円財夢)
  • 鶏モモに残る血管 命食む(伊勢崎 産後太り)

これらが正統的なのかというと川柳を専門としている人からは違うとくるのは間違いない。糸井重里×南伸坊×仲畑貴志鼎談でもそんなことが言われていた。しかし川柳がただの「あるあるネタ」、「生活のおかしみ」や「うまいこと言った」だけじゃない幅広さを「仲畑流万能川柳」は教えてくれる。

俳句でも短歌でも言えないそういう形式だから下世話なことを含めて言える強さが確実にあって、「晩婚の隣家からまたニンニク臭(東京 赤坂小町)」こんなどえらいエロ感覚あふれた言葉や「まだこんないやらしい夢見れるとは(気仙沼 びん太)」とペンネーム含めてのこの素晴らしいセンスはバカバカしくて凄い。

日常のふとした言葉や意味以前の気の抜けた言葉のゆるさに、論理で構築された頭や肩はふっと空気が漏れて軽くなる。この感覚・・・枡野浩一『くじけな』や穂村弘の『絶叫委員会』を思い出した。

肩の力を抜いて作ることの重要性について以下の仲畑貴志の言葉はあらゆる人を元気にさせる確信があるので引用。

「先達を超える表現を生まないかぎり、すべて資源のむだづかいである」と怒るひとがいる。でもね、その時を生きている人々は、とりあえず歴史づくりのいちばん先端にいるわけで、何が生まれるか、飛び出すかわからない。だから、とりあえず、表現しないよりするほうが良いであります」『万能川柳名作濃縮刷・上』より

最後に問題作の川柳をご紹介して終わります。

 

カーリングーーーーーーーーーーー○ (東京 渉)

 

 

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