人は死ぬとき何を詠うか『辞世の歌』(松村雄二・三笠書房コレクション日本歌人選)
2015/11/26
体調を崩してからヴァージニア・ウルフやボラーニョ、伊藤計劃の日記などを意識して読むようになった。体験することと体験しないこと。「病気」というものを考えたときにその差は間違いなく大きい。以前だったら納得できない意見だが、病と向き合った彼らの言葉が心に沁みたのは事実だ。
極端な話、常に何かを考えていても意識に上ってきてしまう死について色々と考えるようになった。
しかし病気や死なんて「だから、どうした」という強がりたい思いもあり三笠書房から出ている「コレクション日本歌人選」の中の一冊『辞世の歌』(松村雄二)を借りてきた。
辞世とは中世以降、武人や文化人が死に至るとき自らの感情を和歌の形式(57577)に託して述べたものである。
死という誰にとっても平等に訪れる出来事に対して彼らはどのような死生観を持っていたか、歴史や背景を含めてコンパクトに学ぶことが出来る。そして著者の目線は実に厳しく、たまに出てくる辛辣な文章がとても面白い。
例えば、豊臣秀吉の辞世の歌
「露と落ち露と消えにしわが身かな浪速(なにわ)の事も夢のまた夢」
教科書や伝記などに載っているから知っている人も多いと思う。著者の松村さんの意見では「浪速の事」が唐突であるとバッサリ。そして、実はこの辞世の歌の初案は聚楽第造営の頃に作られたもので、この後何回もちょくちょくと取り出しては手を加えていった秀吉の態度がバラされる。
「最期にあたっても悟りきれず、しかし「夢のまた夢」などといかにも悟ったような大仰な言葉を示し、秀吉らしいきざな身振りが感じられる歌である。型のごとくこの世は夢というが、むしろ、彼の夢のために犠牲になって死んでいった人間のほうが多かったというのが実感であろう」(p15)
いやあ、いいですね。
このように大げさな身振りで死を詠ったとしてもそれで優れた歌が出来るわけではなく、誰にとっても訪れる普遍的なテーマゆえに、そこには様々な技巧や表現の幅を見て取れる。人生を夢と捉える秀吉など戦国武将の思想を典型的としたうえで、著者の褒める「夢」の短歌には例えばこういうものがある。
憂きことも嬉しき折も過ぎぬればただ明暮の夢ばかりなる
尾形乾山【出典】西巣鴨善養寺乾山墓碑、「乾山遺墨」
【訳】今までさんざん辛いことも嬉しいことも数々経験してきましたが、過ぎてしまえば毎日毎日が夢、その日その日の明け暮れの夢ばかりであった。
一生全体を夢と捉えるのではなく、点の連なりのそれぞれを夢と捉える。著者曰く「特異な認識」の歌である。
本書に収録されている辞世歌のなかで自分が心惹かれるのは固定化された封建主義のシステムの中で「笑いの中に公に対する私の精神を自立させる」(p33)戯作作家たちの死に関しての態度だ。
百ゐても同じ浮世に同じ花月(つき)はまんまる雪は白妙
永田貞柳【出典】文化六年刊『貞流翁狂歌全集類題』雑部上
【訳】百歳の長寿を生きてもこの浮世は浮世のままで変わらない。毎年同じ花が咲くし、月はまん丸だし、雪は白いままだ。
この世をばどりゃお暇(いとま)と線香の煙とともにはい左様なら
十返舎一九【出典】向島長命寺の一九墓碑、関根正直『小説史稿』
【訳】この世をば、どりゃ、線香の煙と共においとましようかいな。線香の灰ではないが、皆さん、ハイさようなら。
*『東海道中膝栗毛』の作者、「はい」=灰とかけてある。
この世を一瞬の夢や栄枯盛衰の場として見るのではなく、ただあるがままに捉える飾らぬ態度、もちろんそこに固定化された時代に対してのただならぬ厭世の匂いをかぎ取ることも可能だが、固い硬い概念を茶化していく戯作の態度は近代以降のあるがままの個人の生きづらさ重く歌い上げた、三島由紀夫「益荒男がたばさむ太刀の鞘鳴りに幾とせ耐へし今日の初霜」、太宰治「池水は濁りに濁り藤波の影もうつらず雨ふりしきる」よりはるかに自分は魅力的だった。
最後に乳癌という病ゆえに死というものを身近に感じていたが中條ふみ子の短歌、辞世の歌として著者が極北と呼んだ短歌を一つずつ紹介して終わる。
灯を消してしのびやかに隣にくるものを快楽(けらく)の如くに今は狎(な)らしつ
中條ふみ子【出典】昭和三十年刊の歌集『花の原型』<時間>
家もなく妻なく子なく版木なく金もなければ死にたくもなし
林子平【出典】自筆本「籠居百首」六無斎遺詠
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