クリスティアン・ペッツォルト監督『あの日のように抱きしめて』試写感想
2015/11/26
第62回ベルリン国際映画祭の銀熊賞を受賞し、第85回アカデミー賞外国語映画賞ドイツ代表にも選出された『東ベルリンから来た女』。その監督であるクリスティアン・ペッツォルトの最新作『あの日のように抱きしめて』(原題:phoenix)は、フランスのサイト「アポワール=アリール.コム」で述べられているように亡くなったはずの女が男の目の前にあらわれる話の筋がヒッチコックの『めまい』を連想させる。
しかし物語の主体として回帰してくる女性の「顔」が、夫である男にとってだけではなく、戦後ドイツにとっての忘れたい記憶でもあるという点に単なるオマージュではない、あの時代の戦争を常に問い直し続けているドイツ映画の骨太さを感じる素晴らしい名作だった。
あらすじ
1945年6月ベルリン。元歌手のネリー(ニーナ・ホス)は強制収容所から奇跡的に生還したものの、顔に大きな怪我を負っており整形手術を受けることとなった。
医者には以前と別の顔を勧められるが元の顔を希望するネリー、しかし術後に見たその顔はつぎはぎで歪な表情しかできない。失意の日々を送るなかで彼女の望みは一つ、ピアニストであった夫のジョニー(ロナルト・ツェアフェルト)と再会すること。だが彼女を世話するレネ(ニーナ・クンツェンドルフ)はジョニーのことを「裏切り者」だと言う。
夜の街をさまようなか、ついにネリーは酒場でジョニーと再会する。けれど妻は死んだと思い込んでいる彼には話かけてきた女性がネリーであるとわからなかった。さらに妻の遺産目当てにジョニーは当の本人であるネリーに協力を持ちかける、「収容所から戻った妻を演じてくれないか」と。
果たしてジョニーはあの戦争の時代、彼女を密告したのか?その思いに突き動かされ現在の自分が過去の自分を演じる日々が始まった・・・。
感想(ネタバレ少)
なにか決定的なことが起きたとき人はもう元には戻れない。それを「顔」というパーツに凝縮したこの映画における印象的なシーンは、終戦後に廃墟となった自宅でたたずむネリーの姿である。崩れ落ちたベルリンの街並み、割れてバラバラになった鏡、そこに映る傷だらけの顔が並列され、ただ立ちすくむ彼女の姿にこれからのことなど何も考えられない途方もなさが伝わる。
夫であるジョニーが現在住んでいるのが地下室という設定が巧みである。ネリーがこの部屋に入ってくるときには室内にいるジョニーから彼女の全体像を一挙に把握することはできない。足、それから手、胴体・・・と徐々に全体像が見え、はっとする表情をするジョニー、しかしその顔を見てまさかという表情をし、妻であることには気づかない。
彼女の現在の「顔」は見たくない過去の出来事を嫌でも想起させるのだ。だから顔が元に戻っていてほしいという望みをジョニーだけではなく、ネリー自身も積極的に受けいれる。
しかし、いくら過去を再現したところで生じた傷は消えない。ジョニーとの会話で「収容所」のことに話が及んだ瞬間のネリーの震えた表情、彼女に命令し、ある瞬間には再演を強要させるジョニーの意図しない残酷さに、ナチスというものを身近に抱えた戦後ドイツの深い裂け目が見て取れる。経験したものとしてないものとの断絶がさらにあらわになったとき、彼女が見せる表情に息を呑み、「不死鳥」という原題の意味をめまいとともに理解するだろう。圧巻のラストシーンである。
【作品情報】
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