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ゼロ年代、あなたの心に何が残りましたか?『ゼロ年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)感想

      2015/11/26

「もっと早く読んでおけばよかった」

『ゼロ年代アメリカ映画100』はパンフレットや原作となった小説などから引用した数々の注によって、作品をめぐる周辺知識もしっかり補完してくれる映画のカタログ本だ。

大作「スター・ウォーズ」や書くのに難儀しそうな「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」などの作品も単純なあらすじの羅列に終わることなく、監督の他の映画と絡めたりして大体2ページで紹介してしまう。ネタバレなども巧妙に避けており職人魂がひしひしと伝わってくる。

というわけで自分自身は苦手でも映画史的に重要な作品をどう語るかといったことを含め、映画についての文章を書く際にお手本となるものばかりなのだ。

例えばスピルバーグの「AI」

A.I. [DVD]
A.I. [DVD]

見ていて気持ち悪いので嫌いな作品だが、本書の解説ではどのように語られるかというと、①この企画は亡くなったスタンリー・キューブリックの跡を継ぐ形でスピルバーグが監督したこと、②映画のあらすじ、③スピルバーグが繰り返しオマージュを捧げたディズニー、つまり「ピノキオ」が作品の重要なテーマであり、④スピルバーグによってそれが的確に表現されたという風にまとめている。

「傑作」「考えさせられる」「深い」といった感想文常套句はほとんどない。とんでもなく大変な作業、この質量で20本書いてと言われたら・・・

倒れるね!

ここには単純なレビュー本ではなく、できるだけ全体像と当時の文脈を補完しよう!という編集者の熱量が伝わってくる。

だから逆説的に、ここには「欠落」があることもまた認識できる。テレビでの映画放送も減少し、映画の配給会社も続々と潰れ、洋画を見る人が減少したゼロ年代は多くの重要な映画が日本では公開されなかった。その点に関して映画評論家の添野知生は「日本の映画館から消えた映画たち」という文章を寄稿し詳しく説明している。

これが面白い。『映画秘宝』関連のライターや熱心なファンの活動によって『スーパーバッド 童貞ウォーズ』、『40男のバージンロード』、『ホットファズ』といったコメディ映画が知名度を得た一方で、まだ位置づけられてない作品も数多くあるとこの文章を読むとわかる。

例えば『アイアンマン』の監督ジョン・ファヴローのキャリアを語るうえで外せない全米大ヒット作『エルフ サンタの国からやってきた』や『アルゴ』を監督し主演も兼ねたベン・アフレックの長編初監督作『ゴーン・ベイビー・ゴーン』はひっそりとDVDが発売されただけで言及している人は非常に少ない。リチャード・シェンクマンの『MAN FROM EARTH』、『扉を叩く人』を監督したトーマス・マッカーシーの『The Station Agent』にいたっては高い評判にも関わらず2015年現在まだに日本語版のDVDは発売されていない。

The Station Agent [DVD] [Import]
The Station Agent [DVD] [Import]

公開から何年も経って謎の題名でこっそりTSUTAYAでレンタルが始まったり、アマゾンインスタントビデオで単品としていつの間にか置かれていたり、重要な作品にもかかわらず劇場で公開されない映画は2010年代に入ってますます多くなった。

韓国やヨーロッパの映画も次々にDVDスルー、それに加えて「netflix」も日本に進出してくる状況においてはネット時代の有利性を生かし作品の背景や関連作を調べる個々人の一手間が全体の文脈を補完するためにますます重要になるのではないか、そんなことを考えた一冊だった。

 

*映画を見始めたのがゼロ年代後半なのでこの本に登場する映画はなじみ深い作品ばかり、ここから三本選ぶとしたら以下の映画(箇条書きは当時の拙いノートから抜粋)

「グラントリノ」・・・映画を見るきっかけとなった。

「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」・・・映画のわけわからなさを知った。

「扉をたたく人」・・・アメリカの抱える「苦み」を体感した。

 

『ゼロ年代アメリカ映画100』は他に「90」「80」「70」「60」年代バージョンも作られているので、その時代の映画を見る際に当時の文脈を把握するための非常に役に立つカタログ本だ。

話によると続編はどんどん枠外にある「注」の数が凄いことになっていくらしい(笑)

【関連記事】 

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