映画感想文とは何ぞや!キネマ旬報『小学生のための映画感想文』を読んでみた感想
2015/11/26
読書感想文ならぬ映画感想文の試みが広がってきているらしい。最近では小学生を対象にした「全国映画感想文コンクール」も始まっている。
この本に推薦のコメントを寄せている尾木ママによると映画感想文の目的は、自分を見つめ、他者への共感能力を培うための手段としてオススメとのことである。その点で読書感想文と試みは近いが、映画は刺激が強いため、より最初に見たときの印象が強くなる書き方になるだろうといったことを述べている。
では実際どのようにして映画感想文を書けばいいのか。
本書ではコンクールで賞をとった作文をもとにそのポイントなどを解説していくのだが、読み終わって思ったのは読書感想文がそうであるように映画感想文も欺瞞の色が濃いということだ。
映画が人格陶冶に役立つといったときに、それが淀川長治のような深いレベルにおける人間の「業」すべてを含んだものではなく、教育&学校という場が絡んだ瞬間発生する、子役のあざとい演技のような気持ちの悪い文章を良しとする試みだということが目に見えているから欺瞞の言葉を使わせてもらった。
つまりは毒気の抜かれた文章を求められるということなのだ。映画だけではなく自らの周辺についてを含めて書くとどうしても最終的にはポジティブな感想となりがちで、それはワイドショーのコメンテーターがよく言う「これから私たちで考えていくことが必要です」の結論締めと近い。
映画を見て「どう死にたくなったのか」を書いてもいいはずなのに、それは容易に抑制されるであろうことは本書を読めばわかる。「映画感想文」の際に選択する映画としてオススメされているのは感想の書きやすそうな作品、自分の年齢に近しいもの、文科省推薦映画といったもので、書き方については「ルールとマナーを意識する(P45)」むちゃくちゃなことは書かないなどといった「コツ」が述べられている。
これはそう振る舞うことが安全だという宣言なのだ。おそらくこれを読んで「フレディvsジェイソン」を選ぶ人は稀だろう。
ただし、コンクール特有の欺瞞に満ちたゲームのなかにおいても真摯に映画に寄り添っている二つの文章を読んで希望が湧いたのも事実。
ひとつは2014年版『GODZILLA ゴジラ』を父親と一緒に見に行った男の子の話だ。ゴジラを見に行ったのに怪獣のまったく出現しないことを意外に思った男の子が、大きな足跡や背びれを見ているうちに、心の中でわくわくし始め、いざ出てきたゴジラに興奮する構成が見事。帰ってからお父さんと初代のゴジラを見たとき、そこに似ているところがたくさんあると発見する観察眼も素晴らしかった。
もう一つは宮崎駿の『風立ちぬ』に関して「第一回柏市映画感想文コンクール」で優秀賞を受賞した千葉県の宮永さんの文章である。物語の終わりに主人公の二郎が零戦を見てつぶやく「一機ももどってこなかった」という台詞の意味がわからなかったと率直に表明し、それを祖父に尋ねたことで「わたしは、あんなに一生けん命、作った、ゼロセンは全めつしてしまったなんて、ざんねんだし、二郎さんはきっと戦とう機ではなく美しい旅客機を作りたかったと思います。」と締める結論は素朴ながら、それゆえのせつなさが映画の感覚と一致する。なかなか書けない。
バラバラに映画が偏在している現代においては「映画感想文」という試みで早いうちから映画に興味を持ってもらうのは重要なことである。願わくば、自らのポジティブさや周辺のことのみを書いた文章が評価されがちな読書感想文と違って、ネガティブな映画をネガティブなまま寄り添っている文章を書いた子供を救い上げる度量の大きい読み手が「映画感想文」の世界にはいてほしい。
ホラー映画を見て「コワい」と思いました、とかではなくこんな殺し方があってビックリしましたなどと書くような人物を認めることで初めて映画感想文は読書感想文と袂を分かつことができるだろう。
「感想文」という本音と建前が混同する欺瞞に満ちた試みを意識したうえで、ここからどう自由に、個性的に見せるかといった点に関しては石原千秋の『生き延びるための作文教室』(河出書房新社)が実践的で参考になる。
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