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ゆきゆきて80年代、斉藤守彦『80年代映画館物語』(洋泉社)書評

      2015/12/02

「1980年代の東京」

そこは当時を知ってる人の言葉でいうならば「世界中の映画がすべて見られる場所」だった。

そして映画は今のようなシネコンに代表される全国一斉上映ではなかった。つまり「日々谷映画劇場」「シネマスクエアとうきゅう」「新宿ミラノ座」「有楽座」「新宿スカラ座」 などこれら都内の劇場で映画を上映することは興行面に強い影響を及ぼすこととなった。必然、この時代の大作映画は我が家の母親のようにそれをどこの「映画館」で見たのか事細かに記憶されているのだ。

映画館と映画のそのような親密な結びつきの時代、「一体その渦中では何が起きていたのか」を当事者の証言や資料とともに描いたのが『80年代映画館物語』である。

映画館は忙しかった

本書を読んでまず目をひくのは、まずその尋常ではない「忙しさ」だろう。飲食店の販売、もぎり、案内、掃除・・・映画館をベストの状態に保つための今とは変わらない作業、しかし来る人数が違う、映画によっては立ち見もあるため膨大な人数をスムーズに入れ替えなければならない、オールナイト興行に備えての仮眠、夏や冬の大作映画用にアルバイトを大量に確保する必要性、大作の初日でさえ人が満席とはならない今の映画館しか知らない自分からするとちょっと信じられない記述だ。

ということで当時を知らない人や地方にいた人には業界向けの用語含め、語られる内容は少し頭に入りづらいかもしれない。そして、シネフィルと呼ばれる人たちが入り浸っていた映画館や名画座の記述は少なめである。

けれど、重要なのはそれらを語る人は一定の数いたものの、この本のように大作映画と映画館の関係についてちゃんとした形で語る人は少なかったということだ

映画『フラッシュダンス』

映画『フラッシュダンス』

いまにつながる80年代

ここにあるのはジャーナリストの視点である。バブルの前段階、テレビ局が映画に出資を始め映画監督以外の芸能人が続々と映画を撮り出し、ジブリアニメの宣伝方法の変化に「非日常から共感の時代への変化」を見る著者。角川のメディアミックスや『フラッシュダンス』に始まるMTV映画の系譜など、たとえそれが現在いかに苦々しく語られようとも、これらの映画は「売れて」その状況は間違いなく現在へと繋がっているのだ

80年代はまだ過渡期であり、映画館も数多く存在していた。マイナーなものからメジャーなものまで見る映画にはいつでも数多くの選択肢があり、映画は活気にあふれていた。

ある特定の映画ファンがこの時代をひたすら懐かしがる気持ちもわかる。自分も読んでいて羨ましくなった。

しかし著者は序文でこう述べる

「80年代の映画と映画館が賑やかで楽しかったのは、あの喧騒を演出した人たちがいたからだ。そこで行われたことについて話を聞き、それが現在にどんな影響を与えたか。それを知ることは、単にノスタルジーに浸るだけではなく、これからの映画産業にとって重要なヒントが隠されているかもしれない」

そう、この本はノスタルジーのために書かれたのではない。たとえば映画館が潰れたとき、そこに愛着があればあるほど、「終わった」という結果と自身の青春だけを見てしまいがちである。けれど、その場所で起きた失敗や成功という試行錯誤の「過程」を見ることは、必ず何かに繋がっていくはずだ。

80年代を知らない世代としてそう思う。大文字の映画史には残らない一見地味に思える仕事にもそれぞれに物語があって、何とかそれを後世に語りなおしたいという著者の強い意志がこの本にはあった。

強い意志がないと後半95ページにも及ぶ「80年代都内主要映画館番組表」という素晴らしい仕事はできない。

いったいいくつの資料を当たって細かくまとめていったのだろう。ここには、80年代の主要な映画館で上映された作品がすべて掲載されている。恐ろしい作業量である。

かつて映画館は「偶然性」に満ちていた(と言われる)。一つの映画館が満席だったら別の映画にすぐさま切り替えることが容易にできた(らしい)。その「伝聞推定」で語られる映画館の偶然性と言う要素をこの本で引き寄せてみてはどうだろうか、

「3月7日。1984年」、今日の日付を適当な年代で確定しこの表を縦に読むと、そこにはこう書かれている。

  • 日劇東宝「うる星やつら2ビューティフルドリーマー」
  • 有楽座「プロジェクトA」
  • ニュー東宝シネマ「猛獣大脱走」
  • 新宿東急「ときめきに死す」

映画表から抜粋した作品は確かに今でもこれらの映画はDVDで見ることは出来る。しかし見ることが出来ることと実際に見るのは違う。膨大にある選択肢についつい見るのを後回しにしてしまう映画、それを自分が行ったことはない映画館に行ったつもりで見るキッカケ

前作『映画宣伝ミラクルワールド』がそうであったように今作も筆致は抑えているが細部に著者のこだわり(熱い思い)がある。

当時まったくヒットしなかったものの時を超えて、人々の心に深く刻み込まれる名作となった「ある日どこかで」「ストリート・オブ・ファイヤー」という二本の映画取り上げていることにそれは強くあらわれている。

だからこそ『ストリート・オブ・ファイヤー』の格好よさを存分に表しているこの本のカバーには拍手喝采で、カバーを外した中に「あらわれたもの」に鳥肌が立つほど感動した。もう、ずるいなあ(笑)という感じだ。ぜひとも買って、読んで、映画を見て、カバーを外してほしい。

この本が発売されたのは2014年12月の半ば、この年の終わりに「新宿ミラノ座」が閉館し、そしてこの記事を書いた一週間前にTOHOシネマズ有楽座が閉館した。

映画館をめぐる状況はますます大変な事となっている。しかし、ここから再びいろいろな試みが出てくるはずだ。だから、いつか今生きているこの時代をノスタルジーの対象としてではないやり方で描く著者もまた現れると思う。この本のように。

 

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