山同敦子『めざせ!日本酒の達人』書評~基礎ほど熱いものはない~
2015/11/26
飲んだ酒を思い出せない!
たとえば、デパ地下の日本酒コーナーに行ったり、日本酒が豊富な居酒屋に行き、それらしい値段でそれらしい名前のものを頼んで「美味しかった」という感慨を味わう。
で、一週間ぐらいが経過して「あれ」美味しかったな、また飲みたいと思った時に「何を飲んだか思い出せない」という現象に襲われたことがある人は多いのではないだろうか?
これらの現象が起こる理由は、日本酒の膨大な情報量をこちらで読み取るためのコードがないためにおきる。つまり記憶にとどめるためのフックをスルーしてしまっているのだ。
○○というお酒を飲んだだけではなく、どのような種類のお酒を飲んだか、産地は、飲んだ季節はいつか、何と食べたか、など酒の名称以外に重要な情報はたくさんある。
予測を立てるための知識
読み解くためのコード、それは「基本的な知識」である。本醸造・山廃・山田錦・麹菌・・と難しくて飛ばしてしまいがちな製法などの知識を抑えたうえで、日本酒の味の予測を立てて記憶と結びつかせること、それが「日本酒の達人」への道なのだ、と今回紹介する本の著者は言う。
「辛口」を例に見る内容のわかりやすさと溢れる情熱
カラーでもなく、ページ数も300と新書にしては少し分厚い。
しかし、この本は今まで読んだどの日本酒関連の書籍よりもわかりやすい。
構成の巧みさや講義形式によるものということもあるが、何よりこの本を読者に一気読みさせてしまうのは、著者の日本酒の良さを伝えたいという熱量である。。
例えば、吟醸酒って何?(→精米の違い)、特別純米酒と特別本醸造酒の違いってどう違うの(→米と米麹以外を使用しているか否か)スーパーで売っている日本酒って何?といった内容が著者自身の言葉で書いているためしっかりと頭に入ってくるのだ。
その中でも本書で一番おもしろかったのは「辛口」についての議論だ。
たとえば「辛口」が好きというときの「辛口」を詳しく説明できるだろうか?
本書では「辛口」=良い酒という共通認識がどのように生まれたのかを語ることで「辛口」とは何なのかを説明していく。
ざっくりと説明するのなら、戦後の米不足の時代は少ない米で日本酒を作るため、業者は米だけではなく添加物(具体的には水あめ等)を加えるようになったこと。(今でもそれは若干残っていて、あの舌に残る粘っこい甘さなどを「日本酒」だと思っている人も多い)。
しかし1960年代から1970年代にかけてそうした従来の甘みではなく、辛口を売り文句としていた「越乃寒梅」が幻の酒として流行ることにより「淡麗辛口」の地酒ブームが起こる。その流れで80年代には、淡麗辛口でなおかつ「吟醸」を掲げている高級日本酒ブームが来たのだ(たとえば「上善如水」(じょうぜんみずのごとし)など)
つまり戦後に作られていた質の悪い甘ったるい日本酒に対して、しっかりとした製法の酒を造ることで、甘ったるくない酒→良い酒という価値観が形成されたのである。
だから漠然と辛口が好き?といったとき、酒屋はどのレベルで「辛口?」と言っているのかに困るというのはそういうことだ(すっきりなのか、酸味が強いものなのか)
今の日本酒はレベルが高いため、甘ったるくない酒を求めるのならほとんどの日本酒が条件を満たしており、なおかつ今は上質な甘みが楽しめる、「甘口」が流行しているのだと著者は言う。
さらなる深みへ
と、ここまではたぶん日本酒に詳しい人なら大体が知っているのかもしれない。
しかし、それ以上の詳しい知識(麹菌の種類、水の種類、酛など)も余すところなく書かれており、その部分は一読しただけではすべては消化できない。
この本は目の肥えた酒好きも満足させ、初学者は繰り返し読める本という最高の入門書だ。ほかにも酒好きに何度もページを開かせる工夫は随所にみられる。
すべての県に短いコメントを付けている「都道府県別のお酒の傾向」、居酒屋ではどのように食事と日本酒を合わせるべきかという「日本酒と食事の食べ合わせ」、何よりも一番気合が入っているのが巻末に掲載されている「注目したい気鋭の造り手55人」だ。
今話題の蔵元を紹介、代表の経歴、代表が勧める主力商品の紹介、それを一つずつ著者自らの言葉で紹介している味の感想は、これから日本酒を嗜むうえで最強のガイドとなっている。
日本酒の可能性
「甘い・辛い」「芳醇・淡麗」「酸の強弱」「酸の質」「苦みと渋み」「重軽」「舌触り」・・・など
そういうのは面倒くさい、出されたものを飲めばいいという人もいる。
しかし一度おいしいものを飲んでしまえば、それをもう一度飲みたいと思うのが人間。
そもそも、日本酒の面白さはある程度の基礎的な知識を獲得すれば一気に視界が開けることにある。
たとえばワインやウイスキーに関して各国の地域別特徴を把握しようと思ってもなかなか難しい。しかし日本人の我々は「宮城のお酒」と言った時に把握できる情報量が外国人とは桁違いなのだ。面倒くさいということも、それだけ味も幅広いということの証と言える。
安くて美味しいお酒が知識次第で手に入る、酒屋に行くのが楽しくなる、この本を読むと人生を共にする「酒」に新たな選択肢が増えるのは間違いない。
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