トレーダー分岐点

新刊本や新作映画、アニメの感想などを書き続けるサイト|トレーダー分岐点

*

映画『ローマの教室で~我らの佳き日々~』試写感想

      2015/11/26

T0019189q

 

教育を描いた外国映画が好きなのは「知性」をちゃんと描いているからだ

教えるものが真剣に教えようとするとき、対象の科目をそれほど信じていない描写があるとそれだけで冷めてしまう。好きな理由はもう一つある、日本よりも異なる文化が混在している場では生徒との接触で教師の教育観はつねに揺らぐ、その心理描写がとにかく良い。

それは観る側にも自分たちの価値観を再考させ「自分だったらこの場合どうするか?」と考えるキッカケになる。2012年の映画ベストテンに入れた『僕たちのムッシュラザール』もそれをうまく描いていた。(カナダの多文化主義教育を舞台に、女性教師の自殺に対しアルジェリア系移民の主人公がどう対処していくか?という物語。語らないことによって類まれな品格を獲得している素晴らしい映画なので興味のある人は是非)

「学校」という場で出来ることは限られている。 異なる文化を持った他者がいることを自覚したうえで教師はどこまでそれを越え生徒の心情に踏み込んでいいのか?それとも、そこを割り切り現実的に自らの場の範囲で対処していくのがいいのか。

個人の心情に主人公が謎の道徳観でズカズカ入り込んで説教を繰り広げたり、わかりやすい不良および心の闇という装置を使って教育をドラマの一設定にしか考えてない邦画には出せないテーマなのだ。

現実の教育が取り巻く状況を誤魔化すのではなく、ギリギリのリアリティで「教育」はどこまで個人に干渉していいのかと教師が悩むこと。「ローマの教室で~我らの佳き日々~」はまさにそれを直球で描き、しかも予告編やポスターで見る印象とは異なる物語の展開が「教育の理想と現実」というキーワードを陳腐なものにせず、苦味と爽やかさが同時に味わえる凄い映画となっている。 

あらすじ

物語の舞台はローマの公立高校、現実的な女性校長ジュリアーナ(マルゲリータ・ブイ)、詩を生徒に暗唱させるほど教育熱心な国語の新任補助教員ジョヴァンニ(リッカルド・スカマルチョ)、生に飽いた老ファウストのような美術史のベテラン教師フィオリート(ロベルト・ヘルリッカ)の三者を軸に物語は展開する。

二学期が始まりジュリア―ナは母に見捨てられた生徒の処遇に関して、ジョヴァンニは伝わらない教育に対して、フィオリートはかつての教え子に再会し、それぞれの価値観が揺さぶられる事態に直面する。

 

感想 

冒頭、学校に対しての老教師フィオリートの独白はこの物語全体のテーマともなっている。学校というのは様々な概念を教えることによって規律を身につけさせる場である。
 
しかしその中で教える科目、例えば芸術に関するものはそうした道徳や規律を安々と乗り越えてしまうという危険な側面がある。その魅力を知っているものはそれを生徒に熱意を込めて教えるだろう。ところが生徒にとってはそれは面倒くさいものとして平等に他のすべての縛りと同様、軽蔑すべき対象としか映らない。
 
ここに教育の難しさがあり、この不均衡な状態を老フィオリートは自明の物として諦め、若いジョヴァンニはなんとかして枠組みを作ろうと奮闘する。その二人の価値観の違いは教室で使うプロジェクターを治そうと奮闘しているジョヴァンニと、壊れているから無駄だと断言するフィオリートといった些細な場面にすらあらわれている。
 
 
(以下少しネタバレ)
 
 
学校で教えるカリキュラムを越え、その奥深さを知っているがゆえジョヴァンニはディキンスン、そしてレオパルディの詩を生徒に暗唱させる。彼は孤独の詩を様々な形で描いたこれらの詩人たちの詩の意味を理解させることで知性の熱意を伝えようとする。
 
問題はそれが伝わるかはわからず、伝わったとしてもどのような形で表れているのかは外からわからないことだ。そう考えると、教えることの繰り返しの中でジョヴァンニの消耗した姿がフィオリートなのだ、しかし生に飽いた彼も昔の教え子との対話を通じ、かつての教えが現在も生きていることを理解していく。
 
過去を想起したことで「教える」という行為を思い出しフィオリートが物語の終盤で行う「古典主義」と「ロマン主義」を題材にした講義はそれゆえ非常に感動的である。
 
教師に出来ることは限られている。しかし、その限られた中で「教える」科目には知の豊かさが内包されている。その豊かさによって教室で学んだことは、その場を越えてそれぞれの人生に密接にかかわっているのではないか?この映画はそうした余韻と考えを見るものに与えてくれる。
 
 
【映画情報】
 
英題:THE RED AND THE BLUE
製作年:2012年製作国:イタリア
日本公開:2014年8月23日から公開(岩波ホール ほか)
上映時間:1時間41分
日本語字幕:岡本太郎
配給:クレストインターナショナルデジタル/シネマスコープ
 
 

 

【関連記事】

 - 映画評 ,

スポンサーリンク
スポンサーリンク

  関連記事

溢れる80年代作品へのオマージュ映画『Kung Fury』がネットフリックスで配信中!!

「Kung Fury」 カンフーにFURY=「激怒」を混ぜた造語ですね、もう既に …

評価は高いが、テーマ含めて問題ありの続編『ヒックとドラゴン2』感想(ネタバレあり)

アカデミー賞長編アニメーションノミネート、海外の評価もべらぼうに高い『ヒックとド …

不条理を楽しめ!『劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス』感想

 うきうきとした気持ちで見にいったら、恐ろしいものを映画館で見てしまい、自分がい …

バイキンマンの圧倒的格好良さに涙する映画「それいけ!アンパンマン よみがえれ バナナ島」

体調不良の日々なので難しい映画を鑑賞できず、Huluでアンパンマンの映画を見続け …

日本初の4DX専用映画にしてホラー作品『ボクソール★ライドショー恐怖の廃校脱出!』を体感してきた

上映時間25分の映画を見るために上映料金1300円以上のお金をかけてユナイテッド …

最強の霊能力者出陣す!傑作ホラー『カルト』(監督:白石晃士)感想

見るのがもったいない映画というのがいくつか自分の頭の中でストックされており、それ …

噂のマインドファック映画『ピエロがお前を嘲笑う』を見てきた感想

『アイデンティティー』『シックス・センス』『ファイト・クラブ』など、最後に「あっ …

ルドルフ一世児童文学
鈴木亮平&井上真央の声に心震える教養映画『ルドルフとイッパイアッテナ』感想

2か月ぶりの更新でごわす。 2か月も更新してないと「大丈夫か」などの声も聞こえて …

映画を丸裸にするラジオ「高橋ヨシキのシネマストリップ」が予想通りに面白い

(更新継続中の記事) 毎回(と言ってもまだ二回だけど)面白い20分間を朝から提供 …

ナチスのドラゴン使い!?しかし・・・映画『ドラゴン・オブ・ナチス』感想

どうも、こんにちは。 翼に鉤十字が彫られたドラゴンが、あまり羽ばたかずに連合国飛 …