夏の終わりに見るべき劇場未公開の傑作青春映画『プールサイド・デイズ』
2015/11/26
『プールサイド・デイズ』、原題は「The Way Way Back」
リゾート地でプールバイトをする一人の少年の成長を描いた青春夏映画である。
夏の終わりに良いだろう、ということでTSUTAYAで借りてきて、見終わり・・・涙を流しながらこの文章を書いている。終わった後にぐでーんとなる傑作だ。
去年新宿シネマカリテで何回か上映されただけのほぼ劇場未公開作品。もっと広がってほしい。
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あらすじ
夏、それは青春と同義語である。しかし14歳の少年ダンカンにとってそれは別世界の出来事だ。いま彼は母親と彼女が付き合っているトレント、その連れ子とともにリゾート地へ向かっている。車を運転するトレントは根暗な彼に対して厳しく接し、ダンカンの気分は最悪であった。
リゾート地へ着いたものの、大人も子供もみんな夏に浮かれている様子が嫌でダンカンは街を散策しはじめる。ある日、彼は一軒のお店で「パックマン」を熱心にやっているオーウェンという男と顔なじみになった。いい加減だが明るく、子供のような性格のオーウェンは町のプールで仕事をしており、そして「お前もバイトしないか」とダンカンに持ちかけてきた。彼にとっての特別な夏がいま始まる・・・。
感想(ちょっと自分の話)
大学のころ夏のリゾートバイトを数回したことがある。海ではなく山だが、家から離れ、見知らぬ下宿先での慣れない仕事に戸惑いつつも、それさえすれば山ほどの空いた時間を確保できる、夏のリゾートバイトは何かが始まる予感に満ちた素晴らしいものだった。
しかし、徐々に仕事が上達していく中で感じたのは寂しさだ。リゾートバイトはみんなが楽しむのを手助け、そのための準備をし、少し仲良くなっても結局は見送る立場にある。それは自分だってそうだ。最初はぎくしゃくしていた仕事先の人とも馴染んだ途端に別れの日々を意識し始める。下宿先の人たちに見送られ元の生活へと戻っていくとき、拙いながら人生というものを意識した。
何か出来る予感に満ちた夏は結局、何も大きなことは起こらなかった。高原野菜が食べられるようになったこと、朝食のたびに自衛隊の素晴らしさを説かれたこと、夜空輝く高原で中国人の女の子と少し仲良くなったこと、「銀河鉄道999」を見て「トレーダー分岐点」という話に衝撃を受けたこと(このサイトの由来である)、それぐらいである。
それでもあの日々は自分にとって本当に大切な経験となった。
ということであらためて感想
だからこの作品には衝撃を受けた。リゾートバイトの寂しさと楽しさをここまで適切に表現している映画を他に知らなかったからだ。
ちょっと猫背なダンカンの描写が素晴らしい、ダンカンの淀んだ目も素晴らしい。
隣の家に住むスザンヌという女の子が気になりつつも「暑い夏になりそうだ」と突然謎のコミュニケーションをしてしまい悶えるところ、「オーケー、また何か頭に浮かんだら、教えて」と言われて舞い上がるところ、この映画のすべてが愛おしい。
だが、痛ましさも同時に存在する。ボンクラをボンクラとして認めないトレントはダンカンの母親と結婚したいが、ダンカンをあからさまに嫌い、好きになろうとする努力は彼の駄目なところを矯正させることでしかない。母親にしてもそんな彼にあわせるようにリゾートにおける社交を無理に演じる、その描写のキツさが上手い。
そんな日々から逃げ出し、ダンカンはオーウェンの勧めたバイトを始める。不良たちが敷いたビーチの段ボールを撤去する初仕事、彼らのダンスに巻き込まれてしまって拙いダンスを踊らされるも何故か注目を受けてしまう。そしてこれがきっかけとなり徐々にダンカンの世界は広がっていく・・・そういうことが起こるのがリゾートの魔力なのだ。
どんどん日に焼けて笑顔が板につくダンカン、しかし今度は対照的に、大人たちにかかっていたリゾートの魔力が解けはじめる。楽しく馬鹿騒ぎしているように見えた周囲の大人たちは、その裏で様々な打算に満ちた行為を繰り広げられていたことが明らかになり、ついに破たんが起きる、この辺の皆が不機嫌になりながら人生ゲームをする描写など異様に細かい。
憧れのオーウェンにしても、いつまでも成長しないその性格を「付き合いきれない」と恋人からなじられる。しかしただひとつオーウェンがほかの大人と違うのは、彼は誰もいなくなったリゾートの風景を知っているということだ。曇り空のプールや夏の終わりの寒さ、冬の暗さを知っているからこそオーウェンは馬鹿馬鹿しいまでに今を掴んでいるのだ。
夏は終わる。いつまでも残りたいが帰らねばならない、そのとき自分はこの先どう生きていくのか。ダンカンは最後にある行動をする。この夏に出会った最高に馬鹿馬鹿しい奴らのおかげで、大人の持つ様々な痛みを知ったことで、
少年はこの夏成長したのだ。
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