団地で輝く阿部寛の駄目男ぶり。映画『海よりもまだ深く』(監督:是枝裕和)感想
心が痛い、でも笑える。でも心が痛い。でも笑える、と是枝裕和監督の最新作『海よりもまだ深く』は間違いなく彼の作品のなかで一番笑える作品だ。
大きな身体の阿部寛が狭い団地を舞台に動き回るのはとにかくおかしく、そして同時にその滑稽な姿はどこか自分にも跳ね返ってくるようで心も痛い。笑いと傷みのバランスが抜群の名作である。
映画『海よりもまだ深く』あらすじ
十五年前に一度だけ文学賞を授賞した作家の良多(阿部寛)
彼は現在探偵事務所で「創作の調査」と称して働いているものの稼いだお金は毎月ギャンブルに消えていく。
そのため別れた妻響子(真木よう子)への慰謝料を払うのにも苦労する日々、母親の淑子(樹木希林)の家で売れるものはないか探したり、仕事を通じて得た情報で依頼人からお金をもらうこともある。
さらに元妻に彼氏が出来たと知って未練たらたら、毎月会う息子に相手のことや元妻の様子を聞いて一喜一憂し、目に涙をためてストーカーまがいの行為にまで及んでいる。
この物語はそんな駄目男がある日台風のために、再び元家族とともに過ごすことになった一夜のお話である。
大きな身体に小さい器をもった男の物語(感想ネタバレなし)
淑子「なに困ってんの?」
良多「いやそんなことないよ…ボーナスだってちゃんともらいましたよ…」
あまりに駄目駄目な男から発せられる名言が映画館から出ても妙に記憶に残る。上記の発言は本当はお金に困っているのに母親に対して見栄を張っている。(この前後に良多はこっそり実家を探索して金目の物を探し回っている)
他にも「宝くじはギャンブルじゃない」「すいませんね。甲斐性のない息子で」なども最高だ。
元妻と現在の彼氏と自分の息子がバッティングセンターにいるのを盗み見る阿部寛、養育費も払えずグローブも買えないのに母親に一万円で好きなもの買えとあげちゃう阿部寛。
嫌いになれない。
これは何だろうなと考えたら、つまりは「親戚のおじさん」というやつだ。親戚のなかに一人は存在している、たまに会うのは子供にとっては楽しいが一緒にいる人達はとにかく大変というあの感じを阿部寛は体現している。
画面に現れた瞬間にあ、こいつは駄目だと思わせられる。もちろん阿部寛当人の演技力の上手さもあるだろうが、相変わらず監督の演出が巧みだ。
監督のインタビューによれば舞台となった清瀬の旭ヶ丘団地は監督が昔住んでいた場所とのこと。だからだろうか、カルピスアイスが固すぎて食べられずに苦戦するとか、ジップロックに保存したカレーを温めるとか団地での細かな生活の描写ひとつひとつに確かなリアリティがある。
そしてそのリアリティは人を不快な思いにさせない。『そして父になる』において高層マンションをステレオタイプな冷たい場所とは描かなかったように、今作でも「団地」を狭く暗く居心地の悪い場所といった風には描かない。衰退し人の少ない静かな団地は寂しい場所だけれど吹き抜ける爽やかな風が映画に優しい息吹を与えていた。
是枝作品を見るといつもこの風のように爽やかな気持ちになる。言い換えると世界を肯定する気持ちに包んでくれる。
マックじゃなくてな、モスだぞモスと無駄に見栄を張ってしまう誰の記憶にも存在するであろう駄目男を描きながら断罪するわけではなく、なりたかった大人とは違ういまを生きる人たちの自尊心を優しく見守る目線が常に存在していた。
『海よりもまだ深く』は誰の人生にも訪れる小さな非日常がその人にとってかけがえのない「宝物」であることを教えてくれる、もしくは思い出させてくれるとても大きな映画だった。
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