施川ユウキ『鬱ごはん』を読んで、新鋭短歌シリーズ『つむじ風、ここにあります』(木下龍也)に至る
ちゃんと記事を書こう、とバタバタしながらどうにも書き始められないまま2月後半。
忙しすぎて映画館にも行けぬ鬱々から半年ぐらいずっと鬱々としている後輩から借りた漫画『鬱ごはん』を読んだ。
読んであまりに鬱々とした。そしてこの鬱々をわけてあげようと記事を書く気になった。ありがたい。本作は『バーナード嬢曰く』で本読みに人気を得ている漫画家・施川ユウキの作品である。中身は就職浪人中の主人公・鬱野たけしが食を巡って思索を繰り広げる料理漫画だ。
しかし最近話題の美食や孤独のカッコよさといったテーマから鬱野たけしの姿はかけ離れている。
なんせ彼は食に興味がない、というかパワーがない。だから読んでいると美味いもん食べても人間死ぬし、これも脳が上手いと感じている電気信号なんだよなとマトリックスみたいなことを考えてしまう。食べることが面倒くさくなったとき人間は栄養を補給するための動く物体と化す、そういうどうにも気が滅入る事実を読み手に再認識させる。
それが面白い。現状の自らが抱えるヤバさを認識したうえで現代の寂しい時代を鬱野は泣きながら楽しんでいるように見えた。バナナが熟していく様を荒野でさらし者になっている死体と形容し、松屋で豚丼を食べていると「豚の死体はうまいか」と幻覚に話しかけられても、である。
この感覚は・・・と読んでいて一冊の歌集を思い出した。
- 鮭の死を米で包んでまたさらに海苔で包んだあれが食べたい
- B型の不足を叫ぶ青年が血のいれものとして僕を見る
- 休憩が終わるまであと二十分福神漬けを動かしている
- レジ袋いりませんってつぶやいて今日の役目を終えた声帯
『つむじ風、ここにあります』は最近話題の書肆侃侃房から出版されている「新鋭短歌シリーズ」の一冊。日常の見過ごされがちな出来事をどのように捉えるかといったときに短歌はピッタリだが、名短歌と呼ばれるものでも「時代の空気」がわからず壁を感じることも多々ある。けれども本歌集は同時代の風がスッと「入ってくる」のだ。
裏側に貼りついているヨーグルト舐めとるときはいつもひとりだ
液晶に指すべらせてふるさとに雨を降らせる気象予報士
つむじ風、ここにあります 菓子パンの袋がそっと教えてくれる
バラバラになった男は昨日まで黄色い線の内側にいた
「照らされた無数のほこりしばらくは息をするのを我慢してみる」という空気が現在なのだと思う。大きく叫ぶのではなく、ひっそりとけれども最大限に訴えるモードである。
もし僕が死んでも歌は生きていて紙を汚してしまうのだろう
細々と暮らしたいからばあさんや大きな桃は捨ててきなさい
生前は無名であった鶏がからあげクンとして蘇る
活字では登場しないぼくたちはどんなにあがいてもエキストラ
怠惰と言うなかれ、強い言葉を使うことが重要なのではない。自らが主人公の心持で叫ぶ時代ではない、僕の友人はこないだ、むかし右翼だった今は地元の名士に銀座で遊べるぐらい稼がなきゃだめだ、なぜそれが出来ないんだと怒られたそうで、知るかよ。とキレていた。
最大限の叫びを元気がないと言われる。しかし違うのだ、ちょうど『鬱ごはん』において原発問題が背後にちょろっと書かれるように、ラストの鬱野がかなりギリギリの状況に置かれたように、なめてると呼ばれそうな危ういバランスのなかで歌える歌もあるのだ。最後に自分がショックを受けた短歌を紹介して終わる。
・戦争はビジネスだよとつぶやいて彼はひとりで平和になった
・軍事用ヘリコプターがはつなつの入道雲に格納される
・軍事用八十歳がはつなつの公民館に格納される
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