クレヨンしんちゃんの映画で一番切ない作品は「嵐を呼ぶ栄光のヤキニクロード」だと叫びたい
アマゾンプライムがクレヨンしんちゃんの映画をほとんど見放題にしてくれたのでここのところシリーズをずっと見直していた。
そして再確認したのは、自分にとって折に触れ思い出して切なくなる作品は『栄光のヤキニクロード』ということだ。
確かに「オトナ帝国の逆襲」「アッパレ!戦国大合戦」「逆襲のロボとーちゃん」といった名作群は素晴らしい、今回の再見でも膨大な量の涙を流した。
ただ、泣くとせつないは違う。泣くはカタルシスへと至り感情が浄化されるが、せつないはそれ以前のモヤモヤした段階で留まり単純な気持ち良さへ至らない。そして『栄光のヤキニクロード』はあらゆる場面にそのモヤモヤが敷き詰められている。
「栄光のヤキニクロード」の荒唐無稽なあらすじ
クレヨンしんちゃんの映画はどれも荒唐無稽だが『栄光のヤキニクロード』はシリーズの中でも群を抜いている。
平凡な一日の始まり。野原家は荒れていた。なぜならその日の朝食があまりにも貧相だったからである。
憤るしんのすけ、ひろし、ひまわり(+シロ)、だが野原みさえにより告げられた衝撃の一言で事態は一変。なんと夕食の献立は日々の家計をやりくりしての豪華焼肉セットだった、狂喜乱舞するしんのすけ達。
しかし突如として謎の白衣の男が野原一家に助けを求めて乱入してくる。そして「有限会社スウィートボーイズ」を名乗る集団がその男を連れ戻しに現れ、「ある秘密」を野原一家が握っていると思いこみしんのすけ達も捕えようとする。
なんとか謎の組織から逃げきった野原一家だったが、テレビには指名手配されている自分たちの姿が映っていた。襲い掛かってくる町の人々、仲間の裏切り、バラバラになる野原一家、様々な苦難に見舞われながらも彼らは出会いと別れを繰り返し敵の本拠地・熱海へと向かう。
すべては冷蔵庫に入っている最高級焼肉のために……!
日常と非日常のキャラクター
クレヨンしんちゃん映画は日常から非日常へと移行する場面の描き方が面白いが(たとえば『アクション仮面とハイグレ大魔王』において路地裏の駄菓子屋を見つける場面)本作の面白さはラストに集約されている非日常から日常へのあっけない帰還にある。
映画のキャラクターというのは面白い。ほとんどが一回性のキャラクターとして非日常の物語のなかでレギュラー放送のキャラクターと出会う。そしてこの物語が終わったら彼らがレギュラー回に出ることはほとんどない、また会おうという言葉があったとしても。
そのような劇場映画のゲストキャラクターの中でも今回「ヤキニクロード」に出てくる「トラックの男」は強烈な印象を残す。彼は指名手配され周囲が敵だらけの野原一家を助けてくれる、なぜならヒッチハイクをした女装のひろしに運命を感じたからだ。女装したヒロシに惚れ、当のヒロシが「俺は男なんだ」「俺には妻子がいる!」と言っても「常識にとらわれるな」とムーディーな音楽をかけながら「関係ない」とヒロシに惚れぬく。
そして、あんたをそんな目にあわせるなんて許せない、と「スウィートボーイズ」への怒りを露わにし追っ手を次々に蹴散らす八面六臂の活躍を見せる、だが彼は追っ手を食い止めるため熱海への道の途中でヒロシと離ればなれになってしまう。
物語がすれ違うせつなさ、そして熱海
多くの困難を乗り越えばらばらになった野原一家はついに熱海へとたどり着く。
そのとき面白いことが起こる、結集した野原一家が敵を一網打尽にしたあと敵の幹部である堂ヶ島少佐は彼らの健闘を称え部隊の引き上げを命ずるのだ。まるで自分たちの出番は既に終わっているかのように、それを暗示するかのごとく熱海の街にも夕陽がかかる。
夕焼けの中ロープウェイで「スウィートボーイズ」のボスのもとに向かうしんのすけ達、古代ローマの公衆浴場を模した広間で敵のボスと対面し、彼が洗脳装置「熱海サイ子」のパスワード解除のために野原一家を狙っていたことを知る。
ボスはこの洗脳装置を使って温泉宿が倒産したときに自分を助けてくれなかった熱海に対する復讐を行おうとしていた。そしてそれは自分自身が熱海という存在になるという愛憎半ばする自分勝手な野望であった。しかし熱海Iに負けない春日部ラブを持つ野原ひろしによる鉄拳制裁と、しんのすけが「熱海サイ子」の装置を使い、この装置の事も忘れて真面目になるようロープウェイから光が灯る夜の熱海に語りかけることで事態は収束する。
夜の熱海、家路へと急ぐ野原一家。そのときヒロシはあの「トラックの男」を見かける。誰かを一生懸命探している男の姿を見て、
なぜかヒロシは顔を避けてしまう。
「スウィートボーイズ」があっけなく引き上げたように、一つの物語は既に終わりを迎えそれぞれの物語へと帰る時間なのだ。野原一家には「焼き肉」という日常がある。トラックの男と彼らの物語はもう交わらない。
スタッフロールが流れ始める、新幹線の発車ベルが鳴り響く。自分がクレヨンしんちゃんの映画のなかで一番切ないと確信している場面だ、あれだけの大冒険が実は一日の出来事であったと知らせる時間の圧縮。荒唐無稽な非日常は煎じ詰めれば新幹線で戻ってこられる距離でしかないあっけなさに、なぜか途方もなく胸が締め付けられる。それは刺激に満ちた旅行先から帰ってくる安堵と寂しさの混ざった感情に近い。
『クレヨンしんちゃん栄光のヤキニクロード』という映画は荒唐無稽なあらすじの中に、大冒険から家に帰ってくる安心感と非日常で出会った人々の物語は日常へと帰還したら二度と交わらないことを残酷なまでに教えてくれる切ない傑作なのだ。
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